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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (13)

「もういっぺん訊くけ☛ 桐都下からの連絡がないっち、そりゃいったいどげんことや?」

 

 すっかり以前の九州弁に戻った有混事。一応司教の地位にある男だが、そのしゃべり方には、まるで気品というモノが感じられなかった。

 

 それよりも、どこかの親分と言ったほうが、お似合いだったりして。

 

 これに使徒――と言うよりも子分――粗利蚊{そりか}が、怯えの表情丸出しで答えた。

 

「……へ、へい☠ 桐都下には携帯の魔鏡ば持たせて、定期的に律子ん動向ば送るようなっとったんですけどぉ……それが五日くらい前からなんの連絡も来んようなってしもうて……初めはなんとも思わんかったんですけど、さすがに五日も経てば、ちょっと心配でくさぁ……☠」

 

 魔鏡とは、見た目には折り畳み式の単なる携帯鏡であるが、それに呪文を唱えれば、鏡に写る自分の姿や現在の場所を遠くまで転送可能な、魔術師専用の小道具である。ただし開発をされてまだ間がないので、全国に魔術師数多かれど、この魔道具を所持している者は、まだまだ少数に留まってもいた。

 

「まさかやねぇ……☁ 桐都下の身に、なんかあったんかのぉ?」

 

 本心で言えば有混事は、桐都下の安否よりも連絡が途絶えた理由のほうが、遥かに気掛かりとなっていた。もしかして間者を命じていた桐都下が律子たちから捕えられ、すべてを白状しちょらんやろっか――と。

 

 このあとすぐ、有混事の腹は決まった。

 

「……まさかっち思うとやが、すぐに人数ば集めて律子んどもの先回りばすったい! 桐都下んことはもう、どげんでもよかけ!」

 

「わかりやした、司教!」

 

 恭{うやうや}しく頭を下げ、粗利蚊は一礼を行なった。そのあとでよけいなひと言を、つい口走ったりもした。

 

「それはそれでよろしかとですが……ほんなこつ律子がこん岡山、それも津山まで来るとですかねぇ? そりゃ確かに見張りに出した桐都下からの報告でもそうなっとるとですけぉ……そんとおりやとしたら、司教への恨みがよっぽど深いっちゅうことになりますばい☠」

 

「要らんこつ言わんでよか! とにかく早よう行くったぁい!」

 

「へ、へい!」

 

 有混事から尻をボグッと右足で蹴られ、粗利蚊がほうほうの体で、城の裏から駆け出した。

 

 実際、粗利蚊自身も有混事の子分として九州時代、律子いじめに加担をした過去があった。その前科を悔いる気などさらさらないが、彼女が仲間を連れてリベンジに現われるかもしれないとなれば、やはり心中穏やかではいられない。

 

「冗談やなか! 主犯は司教ひとりやけね!」

 

 有混事から遥かに離れた所まで来て、粗利蚊はようやく堂々と、自分の本音を曝け出した。

 

 粗利蚊もけっきょく、主人と同じ穴のムジナ。人として最低の路線を走る男なのだ。


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