『剣遊記]』 第三章 渡る世間は敵ばかり。 (12) 「司教っ!」
そのような大切なる席に、ひとりの男が息を切らして駆けつけた。
有混事と同じような法衣を着用しているので、この男も司教に仕える使徒である。
「少々失礼をば……なんね! こん大事な場所にやねぇ!」
カッとなると、前任地の九州弁が露呈。それから伯爵と来客一同にペコリと一礼。有混事が一歩退いて弓術の場から離れ、城の壁の裏。会場から死角の場所に入った。
そこで愛想の笑みから一転。いかにも不機嫌そうな顔付きに豹変して、使徒――要するに自分の配下を怒声で迎え入れた。
「す、すんましぇん……実は……☁」
使徒も有混事といっしょに、はるばる九州から岡山まで来たのである。それはとにかく、彼はゴクリとツバを飲み、小声で司教の左の耳にささやいた。するとみるみる、有混事の顔色が曇り気味となってきた。
「な、なにぃ! もう五日も桐都下からの連絡がないとねぇ!」
つい大声に出してしまい、『まずか!』と思った有混事は壁の裏からそっと、会場の方向を覗いてみた。しかし幸いにして伯爵を始め、誰ひとり今の声には気づいていない様子でいた。
蟻連伯爵からは、いつも言われていたものだった。『有混事、すぐに策に溺れるとこーが、お主のようない癖じゃけぇのぉ☠☻』と。
それはまるで、『わしゃあ、なんでもお見通しじゃけんのー☻☻』と言われているようなものでもあったのだ。
「ふう、えずいとこやったばい……☠」
取り越し苦労だったとは言え、有混事の顔面にたらぁ〜〜っと、冷や汗がふたしずくほど流れ落ちた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |