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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (10)

 けっきょく具体的な妙案は、なかなか出ないまま。

 

「いったい、どげんするつもりや!?」

 

 荒生田が恒例のイラつきを始めたときだった。ここでまたもや、可奈がしゃしゃり出た。

 

「こんなこすいやつ、こうすりゃええずら☠」

 

 そう言って、平然としたいつもの顔付きのまま、可奈が囚われの桐都下に瞳を向けた。さらに右手を彼に向けて差し出し、なにやら小声で呪文を唱え始めた。

 

「可奈さんの魔術けぇ……初めて群馬の赤城山で会{お}うて以来、すっげえひっさしぶりっちゃねぇ☆」

 

 興味を感じた孝治は、あとは黙って様子を眺めてみるようにした。なにしろヘタに口を出せば、こちらがトバッチリで被害に遭いそうなので。それはとにかく、呪文を唱えられた桐都下の顔が、みるみると恐怖としか思えない感じでゆがみ始めたではないか。

 

 それからわずか、一秒もかからなかった。縄で縛っていた大の男の体が、一瞬にしてパッと、小さな紙切れ(約十センチ四方)に変化したのだ。

 

「うわっち! 凄かぁ!」

 

 孝治は急いでその場へ駆け寄り、足元に落ちているその紙片を拾ってみた。その紙には縛られたままの姿でいる桐都下が、まるで生き写しのような絵画として描かれていた。

 

「貸すずら☹」

 

「う……うん☃」

 

 すぐに可奈が、孝治からその紙を受け取った。右からさっと、まるで横取りをするかのようにして。

 

 さらにそのまま四つに折り畳み、自分の黒衣の懐へと仕舞い込んだ。それから冷徹にひと言。

 

「どうずら? これなら途中で、こちらが目ぇ離してるいとにどこかへ逃げられることはねえだに、人目に付かんでええずら☻ この男さに用さあれば、いつでも元に戻せるんだなぁ、これが♡」

 

「いや、参った☠ 恐れ入ったっちゃね☠」

 

 およそ、これ以上は考えられない可奈の冷酷残酷ぶり。ここでは荒生田もすなおに、両手を挙げての降参ポーズを決めていた。このあとすぐ、荒生田は孝治ら後輩連に振り向いて、偉そうな態度でこの場を締めくくった。

 

「とにかく……っちゃね♠ こん件は一件落着ったい♣ んじゃ、先ば急ごうっちゃね♥」

 

「は……はい!」

 

 実に場あたり的な話の展開に飲まれたらしい。秀正が律子を伴って、慌てるようにして先に行こうとしている先輩――荒生田のあとへと続いた。さらに残酷美女――可奈の左脇には、いまだカモシカ姿の美香が、しっかりと身を寄せていた。

 

「いいずら、美香、今の紙にゃ人さ閉じ込めとるだに、いくらごしたく(長野弁で『腹が減る』)なっても、むやみに紙さ食べたらいけんずらよ☠」

 

 可奈の注意に素直な態度でうなずくカモシカの仕草が、前後の事情さえ知らなければ、とても可愛らしく見えていた。

 

 そんな面々の最後尾を進みながら、孝治は友美に尋ねてみた。

 

「今の可奈さんがやった魔術……初めて見たっちゃけど、なんて魔術かわかるけ?」

 

「今のはやねぇ……✍」

 

 孝治よりはずっと魔術にくわしい本職の友美は、歩きながら両腕を組んでいた。孝治の右横で。

 

「ちゃーっとした術ん名前ば、わたしもようわからんちゃけ、たぶん可奈さんがオリジナルで編み出した魔術やなかろっかぁ? 勝手に名前ば付ければ、『二次元封じ込め』ってとこやろうねぇ☆ 人や物体ば紙ん中に封じ込めてしもうて、持ち運びに便利にする魔術ってとこやね☀」

 

「なんか軽い言いようっちゃけど、相手をまるで人扱いせんとこが、そーとーえずいっちゃねぇ〜〜☠」

 

 これこそ孝治の、実直なる感想。そこへ涼子も、話に加わった。

 

『可奈さんって、一度美奈子さんからリスにされてしもうたことがあったっちゃけど、本人かてけっこう実力があるっちゃねぇ☆ これはあんまし、可奈さんば怒らせんほうがええみたいばい☠』

 

「そん言葉、充分肝に命じておくっちゃよ☠」

 

 こればかりは正直、涼子からの忠告に、すなおに従うつもりの孝治であった。

 

 それから一行は県境を越え、いよいよ敵地とでも言うべき、岡山県内に入った。


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