『剣遊記T』 第六章 我、危険地帯に突入せり。〜霧島山の大決闘〜 (9) 視界は極めて不良。敵も味方も暗闇同然の中、剣と剣との乱戦が始まった。
だけどとてもではないが、やはりまともな戦闘らしい戦闘にはならなかった。
「涼子の馬鹿ちぃーーん! 少しゃあポルターガイストの力ば加減せんねぇ! これじゃあ戦いにならんばぁーーい!」
孝治は周りにいるはずの騎士どもに構わず、再び大きな声で怒鳴り上げた。すぐに涼子も、口答えを返してきた。
『そげん言うたかて、やれっち言うたの孝治やけんねぇ! それに新米幽霊に力💪の加減やなんち、そげな器用なことできるっち思うとねぇ!』
そんな最中、女性たちの悲鳴も、孝治の耳に飛び込んだ。
「手を離しなはれ! 妾{わらわ}は耶馬渓など、行った覚えはあらしまへんのやでぇ!」
「このスカンタコ野郎ぉ! 師匠になにしよるんやぁ!」
「孝治ぃーっ! どこにおるとぉーーっ!」
今のは順に、美奈子、千秋、友美の叫び。
「やっかましい! てめえらがいくらうすらトボけたところで、『はい、そうですか☺』が通るとでも思ってやがんのかぁ!」
続く怒声――もはや轟音に近い――は、合馬の吼え声に違いない。孝治の想像するところでは、合馬が美奈子たちを、激しく詰問している場面のようだ。それを黙って聞いている余裕などないが、美奈子はやはり、孝治にとって大事な依頼人。さらに友美は、大事なパートナーなのだ。
「やめんけぇーーっ! そん人はおれの雇い主と仲間なんやけねぇーーっ!」
女性たちの声が聞こえる方向へ、孝治は一目散に駆け出した。無論騎士どもが、すぐに行く手を阻んでくれた。
「にしん相手はおれたちばい! 間違えんじゃなか!」
「しゃあしぃったい! 邪魔すんやなか!」
孝治も大声で怒鳴り返した。だが、煙と埃で視界不良の状態なのだ。騎士どもも孝治の声を頼りに行動している様子がありあり。なにしろ声の方向性が、てんでバラバラなものだから。
それでも煙の向こうから、再び千秋と友美の声が聞こえてきた。
「このエロ親父っ! 師匠に手ぇ出したら承知せえへんでぇ!」
「孝治ぃーーっ! 早よこっち来てぇーーっ!」
「い、いったい、どげんなっとうとや!」
孝治は特大級の後悔した。涼子に頼んでポルターガイストをさせたばかりに、事態がますます悪化の一途となったからだ。
そんな中、騎士のひとりがとんでもない戦法を、仲間に吹き込んでいる声が聞こえてきた。
「おい! やつは(今は)女ばい☻☛ みんなで声ば出して女の声か黙っとうやつが敵っちゅうこったい!」
「そ、そうやったな!☻」
すぐに仲間からの、同意の声も聞こえてきた。
「うわっち! まずかぁ!」
思わず飛び出しそうになった裏声を、孝治は今度も両手で口をふさいで止めた。今ではすっかり慣れているけど、いくら声を低めにして発音しても、孝治は甲高めである女性の声しか出せないのだ。
これは女性化したときから気づいていた変化なのだが、少々の迫力低下を感じる以外、他の面では特に気にもしていなかった。しかし今になってその無策を、真面目に後悔するべきなのだろうか。
まさに後悔だらけである。
「へいへい、お嬢さん☻♡ オレたちはこっちばぁーーい!」
「男ば舐めんじゃなかぞぉ!」
騎士どもが早速、下卑{げび}た囃し声で、挑発を開始。声を隠さないといけなくなった孝治は、このように叫びたいのを我慢した。
(こん変態どもぉーーっ! おれはほんなこつ男なんやけねぇーーっ! こん見境いなしがぁーーっ! もう元がなんでもええっちゅうとやぁーーっ!)
また、このふざけた事態により、孝治は男のいやらしさ醜{みにく}さを、身に沁みて実感する破目ともなった。
(……ヤローの本性っちゅうもん……ほんなこつ見てしもうたっちゃねぇ☠ 男っちなんちゅう、情けない動物なんやろっかぁ☠☢)
それはとにかく(とにかく多過ぎ!)、現場は今も煙幕で、右も左もわからない有様。孝治は声はもちろん、気配も消して、騎士たちに応戦しなければならなかった。果たして、戦士としてはまだまだ駆け出しの身分で、孝治はそのような高度な戦術を使いこなせるのだろうか。
「そこおったとかぁーーっ!」
「うわっち!」
やはり無理だった。
合馬の金魚の糞とはいえ、戦闘技術はいっちょ前らしい。騎士どもから簡単に、孝治は気配を見破られた。
「うわっち! ヤバかぁ!」
孝治は不用意にも、再び悲鳴を上げた。すでに居所がバレるバレないどころではなかった。さらに騎士の内の誰かはわからないが(実際、八人の騎士に区別などつけていない)、煙幕の中で高めの雄叫びが響き渡った。
「おれがやっちゃるけんねぇーーっ……痛えっ!」
ところが雄叫びが、途中で中断。しかも振り上げた剣を、地面に落としたらしい。乾いた金属の音が、カチンと孝治の耳まで届いてきた。
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