『剣遊記T』 第六章 我、危険地帯に突入せり。〜霧島山の大決闘〜 (8) まさに一触即発! ところがまたも、危険極まる最中の空気に、朽網が見事水を差してくれた。
「やる気満々のところで悪いんだけどよぉ、そんな変態に構ってる場合じゃねえぜ✋ 中隊長殿ぉ⛽」
「うわっち! へ、変態っ!」
朽網の無神経発言で、孝治は思わずカチンとなった。
「い、言うに事欠いて変態はなかろうも! 変態はぁ!」
孝治の憤慨は、これにて一気に頂点へと達した。だけれど孝治を見つめる朽網の目線は、やはり相当に冷やかなモノだった。
「なに言ってやがんだよぉ☻ わしらが怖くて性別まで変えちまうなんざ、もろ変態の所業そのものじゃねえか♪ おめえは自分が好きで、そうなっちまったんだろうがよぉ☠」
「いいや! 本っっ当にそれは絶対違うったい!♨」
ブリザードから一転。孝治の頭に熱い血液が、大量に上昇した。しかし合馬は、朽網の言わば口車的な言葉に、なぜか納得の顔をしていた。
「なるほどぉ、途中で任務をほったらかしにして逃げるような軟弱野郎には、これはお似合{にえ}えの姿だな☠ よっしゃ! この変態野郎はてめえらに任す! 俺と朽網は本物の女どもを締め上げることにするぜ!☻」
「ははぁ!」
「それはどうも、お任せください!」
合馬から無理矢理あちこちを連れ回されている、可哀想な騎士たちであった。それが見事なほどに、生き生きと精悍極まる表情へと豹変した。
「うわっち!」
孝治はその変貌ぶりに恐怖すら感じながら、一歩も二歩も後ずさった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちんしゃい! さっきから話にあったとおり、おれはこげん見えても男なんやけね! 話ばいっちょも聞いとらんかったと!」
これに騎士のひとりが叫び返してきた。
「しぇからしか! おまえが男なんち、もうどげんでもよかったい!」
さらに、もうひとりも叫んだ。
「そんとおりったい! いつもおれんじょー苦労ばっかさせられて、こげんなったら日頃のうっぷん、にしの体で晴らさせてもらうばい!」
「うわっち!」
これもまた物の見事に、本心を語ってくれたものだった。しかしあの合馬の下に、嫌々従っていた連中なのだ。それこそ忍従の日々で、胃袋に穴が開くような思いを続けていたのだろう。
(やけんあんとき、酒で簡単にできあがったわけばいねぇ☢ 今考えたら、あれかて一種のうっぷん晴らしやったんばい⚠)
確かにその面で見れば、彼らに同情できるところはあった。だけど今の孝治にしてみれば、袋叩きのあげくに集団プレイ――まさに最大最強の恐怖イコール大迷惑といえた。
(おれって……女性化ついでに子だくさん……っちゅうことにになるとやぁ!☠)
ついに終末的展開までも想像し、孝治は声を大にして絶叫した。
「ば、ばっけ野郎ぉ! 考えたらいけんこつ考えてしもうたやないけぇ!」
孝治はもはや、本気で背中を向けて逃げたい心境。しかしもちろん、本当に逃げるわけにはいかない。今回の仕事の依頼人である美奈子と千秋が合馬と朽網によって、いまだ囚われの身となっているからだ。
「おまえも来い!」
「きゃあ! 孝治ぃ!」
さらに事態は悪化した。友美までが朽網の手に落ちて、右手をガシッと鷲づかみにされていた。
これは孝治の狼狽の気持ちが、友美にまで伝染していたのだろうか。日頃は警戒心がしっかりしているはずの友美が、まさに隙を突かれたかのような出来事だった。
まさに状況は、大混乱の一歩手前。これではまともな戦いにならないと考えた孝治は、頭上の涼子に大声で言った。
「涼子っ! こげんなったらさっきのポルターガイスト、またやってやぁーーっ!」
今や小声でささやいている場合ではなかった。
『わかった!』
涼子もすぐに、しかもうれしそうに、右手でOKサインを示してくれた。これは孝治と友美にしか見えないが、涼子の胸が大活躍ができる展開での喜びで、大きく躍動しているようだった。
孝治は思った。
(やっぱ、おれんほうが大きいみたい☛)
『それじゃ、行くっちゃよぉーーっ!』
とにかく孝治と友美にしか聞こえない大声を、涼子が上げたとたんだった。周辺の小石や瓦礫、埃や火山灰などが、ウォーム戦のときと同様、一斉に宙へと舞い上がった。 (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |