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『剣遊記T』

第六章 我、危険地帯に突入せり。〜霧島山の大決闘〜

     (6)

 確かに美奈子は、そこにいた。かなりに引きつり気味の顔をして。さらにそれでいて、なんだか申し訳なさそうな笑みも浮かべていた。

 

 ついでに千秋がやけにおとなしかったことにも、もっと早くに気がつくべきだった。

 

 孝治の依頼人ふたりを見事に沈黙させている事態が、ウォーム戦と同時に進行していたのだ。

 

「あ、あんたら……こげんとこまで来とったと?」

 

 自分自身の口から出たセリフでありながら、孝治は大きな間抜けぶりを実感した。なぜなら言葉など、もはや不要の段階であったからだ。

 

「あったりめえよ! 俺はあきらめが悪いので有名なんだからよぉ!」

 

 二度と聞きたくなかった『べらんめえ調』は、美奈子のノドに剣先を突きつけている、黒い甲冑の騎士が得意としているしゃべり方であった。

 

「お、合馬……さん……ですよねぇ……☠」

 

 つい無意識で、孝治は騎士の名を呼んだ。さらに遅まきながらで、孝治はすべての事情も悟った。なんの前触れもなしに現われた合馬に捕まったけ、美奈子さんは魔術の援護ができなかったんやねぇ――と。

 

 ついでに前から危惧していたことも考えた。

 

(やっぱ……あちこちの店に頼んじょった伝言……こいつらに知られたとやろっか?)

 

 それも今となっては、調べることも不可能であろう。しかも黒い騎士――合馬のうしろには、灰色甲冑の騎士が八人。ズラリと雁首をそろえていた。だけど、噴火が間近いと言われている火山にまで付き合わされた無茶ぶりが嫌だったようで、全員が全員、迷惑そうな顔もしていた。

 

 無論、鉄面皮である合馬は、そんな部下たちの心中など、それこそ知ったことではないだろう。合馬はとにかく孝治の顔を、真正面からジロジロと見つめていた。

 

「うわっち……な……なんね……?」

 

 孝治は背中に絶対零度の悪寒を感じたが、逆に合馬は、両目を輝かせて断言してくれた。

 

「そう、そう、それよ! まさかたぁ思ってたんだが、おめえはやっぱり、耶馬渓の城から途中で消えた、あのガキんちょだな!」

 

「うわっち!」

 

 とてつもなくヤバい事態を悟り、孝治は慌てて、自分の口を両手でふさいだ。すでに手遅れの感もあるけど、正体が本当にバレたら、それこそヤバいの二乗なので。

 

 三乗という気もするが。

 

「お、おれ……じゃなか! わ、わたしはそげな話は知らんけね!」

 

 今さら白々しいの極致など、元より承知。進退窮まり、孝治は自分の背中に隠れている友美に、そっと尋ねた。

 

「ど、どげんするねぇ……友美ぃ? おれん正体がバレとうみたいっちゃよぉ……☠」

 

「……わ、わたしかて、わからんばい☠」

 

 合馬に顔を見られて『やばい⚠』のは、友美も同じ。いや、友美は性転換も変身もしていない身であるから、むしろ孝治よりも遥かに危機的状況といえるかも。

 

「わたし……ウォームんほうばっかし見よったけ、合馬が来とったなんち、いっちょも知らんかったと☠」

 

『あたしもそうやけね☢ 孝治の戦いっぷりが、とにかくすっごうおもしろかったけ♥』

 

 涼子の態度はどちらかと言えば、状況を楽しんでいる感じのほうが強かった。とにかくこげんなったら、もうみんなちゃーらんちゃね――と、孝治は正体バレをあきらめた。その代わり、気になる疑問を合馬に訊いてみた。

 

「あ、あんたらが南に来ようっちこつ知っとったとやけど、なしておれたちが霧島におるっち、わかったと?」

 

「それはわしの水晶の力💪よ☆」

 

「うわっち!」

 

 質問に答えてくれた者は合馬ではなかった。しかしやはり、孝治たちの知っている顔だった。

 

「や、やっぱ……あんたもおったんやねぇ☠」

 

 八人の騎士たちの陰に隠れて、初めは気がつかなかった。だが八人の間から、黒い法衣を着た魔術師の朽網が、孝治たちの前に悠然と姿を現わした。

 

右手にメロン大の水晶玉を持ち上げて。

 

 その朽網が自慢げに、ベラベラと解説をしてくれた。

 

「北九州でおめえを見たあと、新しく調達したこの新品の水晶で調べ直したんだが、おめえが本当に男から女に変わってるなんてよぉ、お天道様でも気がつくめえってもんだな☀ 正直まさにビックリってなもんよ♐ しかし、おめえもよくやってくれるぜ☻ わしらから逃れるために、女に変身までするなんてよう★」

 

「い、いや……好きでなったわけじゃなかっちゃけどぉ……☢」

 

 孝治は小さな声で反論した。だけど勝手な思い違いの修正など、恐らく絶対に不可能であろう。合馬がこのとき、鼻で「ふふん♡♡」と笑っていたから。

 

「まあ、逃亡者が誰も近寄らねえ危険な場所に逃げ込むってぇのは、古今東西のお決まり事だからな★ 俺たちが噴火寸前の霧島に目ぇ付けるってのも、言ってみりゃ当たり前の話だろうぜ☀ それに、この俺が怖くて女になっちまう小心者なんざ、今さらどうでもいいことよ☻ それより問題なのは、この魔術師だな♐」

 

 どうやら各地のお店に残していた応援者向けの伝言とは無関係に、合馬自身の推測と朽網の新しい水晶玉とやらで、孝治たちを霧島で見つけたようである。それはもう「ご苦労様っちゃねぇ☠」と言ってやりたいところだが、孝治は合馬のセリフのある部分で、思いっきりに立腹した。

 

「それは違うったい!」

 

 性転換の理由を逃げ回りのためだと決めつけられ、孝治は思わず声を上げた――けど無視された。ほとんど勝利者気分でいるらしい合馬は、自分の剣の先を、今も美奈子に突きつけたままでいた。

 

「朽網の新品の水晶は、やっぱり性能が抜群だぜ♡ あの夜の盗人野郎がこの女と同一人物の可能性九十八パーセントって、見事に判定しやがったんだからなぁ✌ どおりでいっぺん、どっかで見たような気がしたってもんだぜ♠」

 

「うわっち! それってほんなこつ?」

 

 表向き孝治は、合馬の言葉に驚く振りをしてやった。ただし本心は、別の方向にあった。

 

(しょーもないこと言うんやなかばい! 未来亭で会{お}うたときあんた、頭に血ぃ昇らせとって、美奈子さんのことほっといたくせしてからにぃ!)

 

 過去の失敗を、どうやら簡単に忘れているらしい合馬に向け、孝治は内心で毒づいた。それと同時に、以前から孝治の頭にこびり付いていた疑心暗鬼が、再び大きくめばえ始めた。

 

(やっぱ……そうやったんやろっか? 美奈子さんが、あんときの女賊やったなんち……☁☂☃)

 

 これはもう、十何回目のめばえになるのだろうか。


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