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『剣遊記T』

第六章 我、危険地帯に突入せり。〜霧島山の大決闘〜

     (4)

 突如出現したウォームは、幼虫がそのまま大きくなったような、昆虫系の怪物である。おまけにその皮膚はゴムに似て、強い弾力性に優れている。つまり、剣や槍で突いたり刺したりする程度では、まったく歯が立たない相手なのだ。

 

「うわっち! こ、こりゃまた厄介なモンが出たっちゃもんやねぇ!」

 

 特徴だけでも充分に、孝治の舌打ちのとおり。さらに付け加えれば、ウォームは完全肉食性。特に人間などの哺乳類を好んで捕食する、いわゆるグルメでもあるのだ。

 

「この前のムカデと言い今度のウォームと言い、九州にはキモムシ系の怪物しかおらんとね!」

 

 孝治は剣先に全神経を集中させながら毒づいた。出現したウォームの大きさは祠に収まっていたくらいであるから、それほどの大怪物というわけでもなかった。せいぜいが、大人の身長ふたり分ぐらいであろうか。それでもその凶暴性に、大小の差はまったくないのだ。

 

「この祠に隠れとって、獲物が来るのば待っとったっち言うとや!」

 

 ったく火山の噴火が近いっち、親切で教えてやりたいくらいっちゃねぇ――と、孝治はまさに命知らずなウォームの執念に、ある意味敬服したくなる気分にもなってきた。

 

 だけど、怪物が実際に現われたともなれば、これこそ護衛である戦士の務め。孝治は剣を改めて構え直し、声を上げてウォームに真正面から斬りかかった。

 

「たあーーっ!」

 

 無論、剣では簡単に通用しない相手であることは、充分に承知済み。これはまだ、初対面の怪物に対する、挨拶程度の一撃だった。しかし同時に、ウォームの弱点も、ある程度はわかっているつもりでいた。

 

「孝治っ! 危なか!」

 

「うわっち!」

 

 剣の構え直しを隙と見たのか、今度はウォームが、孝治に飛びかかってきた。全身の筋肉を、バネのように弾ませて。

 

 そこを間一髪! 友美が火炎弾を連射! 

 

「はあっ! はあっ!」

 

ウォームの胴体に、二発ドカンボカンと叩き込んでくれた。この援護射撃がなかったら、孝治はウォームの気色悪いかたちをした強靭なアゴで鎧を喰い破られ、胸を大きくえぐられていたのかも。

 

 なまじ自分の胸が大きめ(?)なだけに、背筋の寒さもひとしおだった。

 

「うわっちぃ……この野郎ぉ! 調子ん乗ってくさぁ!」

 

 ついに乙女の怒り(?)が爆発! 孝治は無防備にさらされているウォームの太い胴体に、思いっきりの力💪で剣を叩き込んでやった。

 

 けれど、友美の火炎弾を二発、まともに喰らっても衝撃を受けた様子すら見えない、分厚い表皮なのだ。わかってはいるのだが、やはりかすり傷のひとつも見受けられなかった。

 

 また、ウォームのほうも、自分の強味を熟知しているらしかった。わざと胴体を孝治の前に見せつけ、『さあ、やってみんしゃい☠』とばかり、クネクネと蠢く狡猾ぶり――としか思えない動作をしていた。

 

「そげんして人ばからかえばよかろうも! 人間ば舐めて最後に泣きを見るんは、おまえんほうやけんね!」

 

 孝治も負けずに罵声で対抗。元男の女戦士と昆虫型怪物の、ややレベルの低いにらみ合いが続いた。

 

 その最中だった。周辺に散らばる大小の小石や瓦礫が、突然空中にふわりと浮きあがる異常事態が発生。さらにそれらが弾丸となり、集中してウォームに降り注いだ。

 

「うわっち!」

 

 石弾丸のとばっちりで、孝治は思わず悲鳴を上げた。ところがウォームときたら、これがまったく『カエルのツラになんとか』の体{てい}。石のカケラごときが何十個何百個と体に当たったぐらい、まるで痛くもかゆくも感じていない様子がありありだった。

 

 だが、隙はできた。

 

 孝治は無言になってウォームの背後――ではなく、逆方向。つまり前面へと回り出た。しかしそこはむしろ、危険度が百倍の位置といえる場所であった。

 

『ああん! そっちじゃなかっちゃよぉ! あたしがせっかくポルターガイストで石ば投げて助けてあげたとに、どげんして孝治はあいつん前に出るとねぇ!』

 

 石弾丸の仕掛け人――涼子が声を大にして叫んでいた(いい加減しつこいとは思うが、もちろん聞こえるのは孝治と友美のふたりだけ)。

 

 これに友美が応じた。

 

「よかと! これで孝治の勝ちやけ! どうせウォームに聞こえたって構わんけ言うけど、真ん前がウォームの弱点に、いっちゃん手が届きやすかとよ!」

 

(さっすがおれが考えちょるこつ、友美はやっぱお見通しやねぇ♡)

 

 孝治はウォームを真正面にしながら、改めて友美の洞察力に感服した。

 

それと同時だった。ウォームがそれこそ真正面に立つ孝治に向かって、再びビックリするほどのジャンプ力で飛びかかってきた。

 

 全身がまさに、躍動する筋肉の塊なのである。


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