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『剣遊記T』

第六章 我、危険地帯に突入せり。〜霧島山の大決闘〜

     (17)

「や、やっぱり、霧島山が噴火するみたいどすえ!」

 

 驚くべきことに神業的素早さで立ち直り、早くも傍観の立場に徹していた美奈子が、今になってぬけぬけとほざいてくれた。

 

合馬と交戦中ではあるが、孝治はこれに、文句を言い立てた。

 

「あんた! 前に占いとかで『大丈夫✌』って言ったろうも!」

 

 これに美奈子は悪びれた様子もなく、平然とした態度で応じてくれた。

 

「あんときはあんとき、今は今どすえ!」

 

 揺れる大地に、フラフラとしながらで。

 

 その最中だった。帆柱から新たな怒声も飛んできた。

 

「孝治っ! やつから目ぇ離すんやなかぁ!」

 

「うわっち!」

 

 孝治はハッと我に返った。見れば合馬が、突然の地震で足がもつれたらしい。無様にもすっ転んだあげく、地面に四つん這いの格好となっていた。

 

 さらに不測の事態で、地面に落としたのであろう。目の前から少し離れた所にある大型剣を拾おうと、右手を一生懸命に伸ばしてもいた。

 

 それに比べて自分自身は――愛剣を杖{つえ}代わりにして、なんとか二本の足で立っていた。

 

「こ、この違いは、なんやろっか?」

 

 孝治は地震で揺れる中、自分でも意外に感じるほど、冷静になって考えた。これに無理にでも理由を探るとしたら、いわゆる装備の差(合馬は全金属製の甲冑。孝治は軽装の革鎧)であろうか。だが今は、それを深く考察する暇もなし。

 

「孝治っ! 時と状況を、すべて自分の味方にするったぁーーい!」

 

 帆柱からの新たな怒声が、再び孝治の耳に炸裂した。孝治も半信半疑ながら、両足で地面に踏ん張ったままの格好で訊ね返した。

 

「先輩っ! まさか地震が起きるっちゅうこと、知っとったとですかぁーーっ!」

 

 後輩からの問いに、帆柱が訳知り顔で答えてくれた。

 

「俺かてそこまでわかるけぇ! それよか、俺はおまえが小さいときからよう知っとうっちゃけど、おまえには災難ば絶好のチャンスに変える強運があるとったい! やけん、そん女性化かて例外やなか! 女性ならではの安定の良さ! 現に身の軽かおまえは立っちょるとやが、敵は寝転がっとろうも!」

 

叫ぶ帆柱自身はふつうの人間の二本足とは違って馬の四本足なので、重心がしっかりとしている余裕っぷりだった。

 

「それって、ほんなこつですか?」

 

 孝治は帆柱の言っているセリフの、半分ほども理解ができなかった。しかし今は、それを真剣に考えている暇など、やはりなし。それよりも剣を杖代わりにしているとはいえ、立ち上がっている有利は自分のほうにあった。言われたとおり、これを絶好のチャンスにしない手はないだろう。

 

「孝治っ! そいつの剣ば折れぇ! 勝負はそれでケリが着くけ!」

 

 さらに震動が激しくなる中、帆柱が今度こそ、的確な指示を飛ばしてくれた。

 

「け、剣ですか!」

 

 孝治は急いで、地面に落ちている合馬の大型剣に瞳を向けた。確かに相手の武器を台無しにしてしまえば、武装解除でこちらの勝ち。この期に及んでもはや殺生など、まったく必要なしであろう。

 

「せ、先輩っ! わっかりましたぁ! ……で、でもぉ、どげんやってですかぁ?」

 

 このとき、ふと湧いた疑問。孝治の中型剣で合馬の大型剣を破壊するなど、絶対に不可能である。

 

「これば使え!」

 

 一瞬ではあるが、剣を折る方法でつまづいた孝治に、帆柱が戦闘用の手斧をビュンと投げてくれた。

 

「そいつで剣の刀身ば叩くったい! 剣はそれでイチコロやけ!」

 

 斧が回転しながら飛んできて、刃{やいば}が足元の地面に、グサッと突き刺さった。」

 

「うわっち! そうけ!」

 

 ついビックリしてしまったが、孝治はすぐに納得した。斧の刃の厚さは、剣よりも遥かに太くて頑丈。実際に剣と斧とがぶつかり合えば、真っ二つになるのは剣のほうである。

 

「すんましぇーーん、先輩!」

 

 孝治は素早く、足元まで飛んできて地面に突きささっている手斧を、右手でグイッと引き抜いた。

 

「そ、そんなことさせてたまるかぁーーっ!」

 

 もちろん合馬も必死であった。まさしく剣を失えば、敗北あるのみ。合馬もそれがよくわかっていた。だから震動の連続でなかなか立ち上がれないながらも懸命に右手を伸ばし、剣をつかみ取ろうと悪戦苦闘していた。

 

 だが合馬は、自分が現在、四面楚歌の立場でいることを、完全に忘れていた。

 

「そうはいかしまへんで!」

 

 美奈子が突然、両手を伸ばして前に突き出した。指先もしっかりと伸ばして。それからなにやら呪文らしき小声をつぶやくと、十本の指の先から、魔術の空気圧が発せられた。

 

 孝治も友美から聞いた覚えのある、『衝撃波』の術であった。

 

「はあっ!」

 

「うわあっ!」

 

 合馬が叫んだ。それは見えない空気の圧力で、手を伸ばせばもう少しの所にあった大型剣が、さらに遠くの場所までバシッと弾き飛ばされたからだ。

 

 おまけにこれも美奈子の計算どおりなのか、飛ばされた剣が孝治の足元に、ドサッと落ちてきた。

 

「うわっち!」

 

 孝治もこの成り行きには、ビックリ仰天した。だけども今は、腰を抜かしている場合ではないのだ。

 

「今ばい、孝治ぃ! やれぇーーっ!」

 

「うわっち! は、はい!」

 

 帆柱の一喝が引き金となった。孝治は大地がグラグラと揺れる中、渾身の力を込めて両手で握っている手斧を、足元の大型剣に叩きつけた。


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