『剣遊記T』 第六章 我、危険地帯に突入せり。〜霧島山の大決闘〜 (15) 一度は消えた確証が、間髪を入れずに復活。それも当事者本人の口から。
このあまりにも目まぐるしい事態の変転に、孝治の頭は混乱の極み。それどころか、『もう、どうにでもせんね!』の心境にまで至ってきた。
一方で、孝治の右横にいる涼子が、別のなにかに気づいたような顔をしていた。
『孝治ぃ……美奈子さん、なんか変わったみたいっちゃよ☛』
「な、なんがね?」
もはや当惑しきった思いのまま、孝治は涼子に顔を向けた。逆に涼子は、視線を美奈子に向けたままで答えた。
『美奈子さん、さっき自分のこと『うち』って言うたっちゃよ♐ いつも『わらわ』なんち言いよったとに☞☛』
「うわっち? ……言われてみれば、そうやねぇ……☁」
涼子の指摘で、孝治も美奈子の微妙な変化に、今になって気がついた。しかし、それが意味するモノは、いったいなんなのか? これでは美奈子に関する謎が、ますますもって深まるばかり。それでも現状は孝治の頭上を飛び越え、話が一方的に進んでいた。
合馬が高らかに吠え立てたのだ。
「いいかぁ、おめえらぁ! 耳の穴かっぽじいて、よぉっく聞きやがれよぉ!」
合馬が言っている『おめえら』とは、孝治や美奈子、帆柱はもちろんだが、どうも配下の騎士たちも含めているようだ。
「この日本国はだなぁ! 本来、古代より皇室様一族が統治をしてしかるべき、由緒正しき皇国なんだよぉ! それを尾張なんぞの田舎モンの織田一族なんかが、勝手に皇帝なんぞを名乗りやがって! 皇室を蔑{ないがし}ろにしたその罪、万死に値するってもんだわぁ! おめえらも日本人なら俺の指揮下に入って、歴史ある皇室に従えってんだぁ!」
孝治は思った。
(この合馬のおっさんが店長の名古屋弁にアレルギー起こしたんは、尾張発祥の織田嫌いが原因やったんやねぇ☠ まあ、なんとなくわかる気もするっちゃけど、それ以前に誰でもアレルギー反応起こしそうなもんやけどねぇ、店長のインチキ名古屋弁にはね☻☻☻)
そこへさらなる、話の急展開。これまた間髪を入れずして、合馬に口答えが返ってきた。
「断る!」
「な、なにぃっ!」
「うわっち!」
合馬と孝治を、同時に仰天させてくれた者。それは合馬の配下であるはずの、騎士のひとりであった。
そいつが叫んだ。
「おれたちは城に盗みに入った賊を、あんたの命令で追ってただけばい! しかしぃ、島津との和解が羽柴公爵様のご本意であれば、それを邪魔するあんたこそ逆賊やなかね!」
「な、ぬぁんだとぉーーっ!♨」
配下からの、思いもしなかったであろう、反旗の翻{ひるがえ}り。合馬の頭から猛烈な噴気が湧き上がった――ように、孝治には見えた。
「うわっち! 凄かぁーーっ!」
これと関連したわけではないだろうが、同時に地面がゴゴゴッと、体で感じられるほどに揺れた。
「ま、まずか! いよいよ噴火が近いみたい!」
孝治は声に出してあせりまくった。見回せば周りの面々たちも、一様にビビッた顔となっていた。頼りになる帆柱先輩でさえ、眉間にシワを寄せているほどであるから。
しかし合馬だけは、孝治の危機感にも現実の地震にも、一切我関せずのままだった。
「えーーい! どいつもこいつも、日本人の資格のねえ山猿ばかりだぜぇ! おめえら今から、山の猿どもといっしょに暮らしやがれぇ!」
要するに資格の定義は、自分基準の勝手なもの。そんな相変わらずの傲慢ぶりを振り撒きながら、合馬が今度は、孝治たちのほうに顔を向けた。
「うわっち!」
孝治の心臓が、ドキンと高鳴った。
(ほんなこつ、精神の安定にようない、おっさんやねぇ☠)
孝治は声を出さずにつぶやいたが、そんな内情など知るよしもなく(知ったらブタれる⚠)、合馬が吠えた。
「もう、馬鹿どもは相手にせん! それよりおめえら、俺といっしょに皇室のために働かんか!」
「うわっち!」
さらにいきなり話を持ってこられ、孝治は正直にとまどった。それでも合馬の遠吠えは止まらなかった。
「織田なんぞの偽帝{ぎてい}より、東京におられる皇室こそが、真の日本の中心なのだ! おめえらも九州の山猿だがよぉ、これくらいの正論は理解できるだろうがぁ!」
「お、おれは……やねぇ……☁☂☃」
合馬のド迫力を前にして、孝治はこれまた正直、圧倒されまくりの思いでいた。それから冷や汗😅タラリの気持ちで周りを再度見回せば、とっくに自由の身となっている美奈子と千秋。そのうしろで孝治を心理的に支えてくれている、パートナーの友美と先輩の帆柱。押しかけ幽霊の涼子。おまけで騎士の面々全員が、今や孝治ひとりに注目をしていた。
その中で帆柱が、『おまえが決断してもよか☀』の目で、無言のまま孝治にうなずいた。
「決めた……♡」
「そうか!✌」
孝治は小さく口を開いた。合馬はいつの間にか、大きく身を乗り出していた。
「おう! 俺に従うか!」
孝治は続いて大きく口を開け、思いっきりの大声で叫んだ。
「何度でも言うっちゃけど、そん人は、美奈子さんはおれの大事な依頼人やけぇーーっ! やけん、おれの依頼人に手ぇ出すんやなかぁーーっ!」 (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |