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『剣遊記T』

第六章 我、危険地帯に突入せり。〜霧島山の大決闘〜

     (14)

 これで渡りに舟とでもなったのだろうか。合馬が朽網の不貞腐れゼリフに、うんうんとうなずいていた。

 

「なるほど、それもそうだぜ♥」

 

「なんねぇ、そん話って?」

 

 孝治も頭の中で『?』を充満させながら、ふたりの会話に聞き耳を立てた。さらにうしろに立っている帆柱へと振り返れば、ケンタウロスの先輩も『話ば聞いてやれ♐』の顔をして、孝治を見つめ返していた。

 

 孝治は先輩の同意を受けた気になって、恐る恐るで合馬に尋ねてみた。あとで考えてみれば、我ながら実に思いきった行動であった。

 

「な、なんか、そっちが教えたがっちょるみたいやけ、聞いてやるっちゃよ☎ なんか言うてみんしゃい☏」

 

 これに合馬が、『我が意を得たり☆』の顔となる。

 

「そうか、じゃあ、この女の正体を言ってやるわ★」

 

 孝治の受けた感じでは、合馬はむしろ、なにか説明をしたがっているように見えていた。それを実際に証明するかのようだった。合馬はまずは美奈子を左手で指差し、自信たっぷりに断言をしてくれた。右手は剣を持っているので。

 

 とにかくその断言とやらが、これだった。

 

「この女は京都の女だ!」

 

 孝治は転んだ。

 

(そげなんとっくに知りすぎばい☆ でも黙っとこ☀)

 

 ツッコミは頭の中だけに留めるよう、孝治は自分に言い聞かせた。それを言ったら、マジでしばき倒されるから。そんな孝治の頭の内など、わかるはずもないだろう。合馬が勝手に続けてくれた。

 

「そして、この女の役目は京都の織田政府に命じられて、羽柴家と島津家を和解させるための使者だったんだよ✈ 羽柴家に保管されてた和議の文書を届けるためのな✇ それを表向きは、女賊の振りなんかをしやがってよぉ☠」

 

「『わぎ』の文書け?」

 

 孝治は頭の中に充満していた『?』が外へと飛び出し、自分の周りで乱舞を始めたような思いになった。

 

 九州北部の羽柴家と南部の島津家が犬猿の仲である話は、天下承知の事実である。しかし、この両者の間で仲直りが進んでいようとは、孝治にとっては初耳だった。確かに東西政府の間でも和解が進んでいるかも――という話は知っていたが、まさかそれが、九州でも起こっていたとは。

 

「ははぁ……話がだんだん読めてきたっちゃね♠」

 

 なんだかチンプンカンプンの思いとなった孝治よりも先に、腑抜けとなっている朽網の手から解放され、自由の身になった友美が、なにかに気づいたような顔をしていた。

 

「ほんとけ……友美ぃ?」

 

 孝治も思わずで、友美に顔を向けた。彼女は自分で思いついたらしい説明を、合馬に顔を向けて始めていた。やはり大した肝っ玉の持ち主だ。

 

「そう言えば、あなたは西の羽柴公爵の下におるとに、東京の人んごつあるっちゃよねぇ✍ まあ、表向きは平和共存しちょる東と西で人事交流っち、ちょっと珍しかやけどそげん有り得ん話でもないとやけ、わたしも変っち思いながらも自分ば納得させとったんやけど⛾ でも東から派遣された本当の役目は、織田皇帝と縁の深い羽柴家ば、監視することやったっちゃね✋ 南の島津家と仲がようならんようにやね♣」

 

 帆柱も友美の言葉うんうんとうなずき、両腕をどっしりと組んでいた。

 

「なるほどぉ、東京の皇室にとって、九州がひとつに手ぇ結ぶっちゅうのは、甚{はなは}だおもしろうなか、っちことやけんなぁ☢ やけん、それば邪魔しに来たっちゅうことけ♦」

 

「それっていったい、どげなこと?」

 

 孝治はだんだんと、腹が立つような気持ちになってきた。それというのも周りがすべて、自分を置き去り。勝手に話を進めているみたいに感じてきたからだ。

 

 ところが友美からの指摘を受けた合馬は、孝治の腹立ちなど、まるで我関せずの態度でいた。まあ、当たり前だけど。

 

「うるせなぁ! これは『おもしろくねえ☠』の次元の話じゃねえんだよぉ! 本来、この日本を統括する皇室を差し置いて、織田の田舎モンなんぞが皇帝ヅラするってえのが大間違いなんでぇ! だから九州を織田の勢力に譲るわけにゃあいかねえんだ! それが正義ってもんだろうよ!」

 

「そやさかい、和解の妨害も兼ねはって、あなたは東京から羽柴家に『トロイの木馬』みたいに送り込まれて来はったんどすね♪」

 

「うわっち! 美奈子さん、いつん間に自由になったとね♋」

 

 孝治は驚いた。囚われの身で剣先を向けられていたはずが、今やどこ吹く風の態度。美奈子が話に、急に割り込んできた。

 

「こうなりはったら、うちかてすべてを話しますえ! あなたがいろいろと邪魔をして、和議の文書を島津家に届けることがでけへんさかい、羽柴公爵から皇帝を通じて隠密に、うちに非常手段の依頼が来たんどす✉✈ 城から盗まれたと見せかけて、文書を鹿児島に送るようにと♐」

 

「つまりぃ、敵ば欺{あざむ}くには、まず味方から、っちゅうことやね♠ それじゃ、なんにも知らんかったっち思う城の兵隊さんたちが、今んなって気の毒に思えてきたっちゃねぇ☂」

 

 ようやく話が理解できたの段階に入った孝治は、ここでため息を吐いた。耶馬渓の城で合馬の暴力を喰らった守備兵たちが、なんだかとても不憫に思えてきたものだから。

 

「初めに合馬のおっさん抜きで説明でもあったら、そこんとこばうまくやって、兵隊さんたちかて、おっさんからパンチば喰らされんでもよかったことやのにねぇ☃)

 

 そのついで、孝治はさらなる真実も確信した。

 

「うわっち! そ、そんならやっぱ……おれば女に変えたと、やっぱり美奈子さんやったと! いったいほんとの話はどげんなっとうとや!」


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