前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記T』

第六章 我、危険地帯に突入せり。〜霧島山の大決闘〜

     (11)

「孝治よぉ! 店長から事情は聞いとっとやけど、おまえがほんなこつ女になったなんち、さすがの俺もビックリしたっちゃねぇ!」

 

 戦場に到着して早々、敵に一撃を与えた弓矢から槍に武器を持ち変えた帆柱が、まず口にしたセリフ。それはこの場の緊張にそぐわない、よけいなひと言だった。

 

「店長のやつぅ……いらんことばっかし言うてからにぃ

 

 などと口では悪態を吐きつつも、孝治は彩乃からの手紙にあった約束どおりの救援に、感謝感激の気持ちでいっぱいとなった。

 

「でも、救援が帆柱先輩やったなんち、やっぱこっちもビックリっちゃねぇ☺♋」

 

 実は半分、忘れていたのだけれど。

 

 その帆柱が言ってくれた。

 

「しかし、あっちこっちに北九州の未来亭から来るらしいっちゅう、俺当ての伝言ば残しとくんはええとやが、まさか噴火寸前の霧島ば通るなんち、無茶もええとこばい! 今回は非常事態やけ目ぇつぶっとくが、次からはこげな無茶するもんやなかばい!」

 

「すんましぇん、先輩……☁」

 

 登場をして早速で叱られてしまい、孝治は少し、テンションが下がる思いになった。

 

 なお、帆柱が武器を槍に変えた理由だが、それは馬の高さで敵と戦うには、長めの道具のほうが有利であるからだ。さらに装着している鎧は上半身――つまり人間の部分に、鉄と革の混成式。馬体にも特別仕様の鎖帷子をかぶせ、手斧などの予備的装備をぶら提げていた。

 

「さあ! 覚悟しや、てめえらぁーーっ!」

 

 我ながら調子よかっちゃねぇ〜〜――てなものだが、孝治は元気と(少し下げたばかりの)テンションを百倍取り戻し、両手で構えた剣を、大きく頭上に振り上げた。

 

 とにかく物凄く頼りになる帆柱先輩が来てさえくれれば、百倍どころか千倍も一万倍も心強い助っ人――というものだ。

 

 反対に、唐突ともいえるケンタウロスの登場は、騎士どもを大きく浮き足立たせていた。それは合馬と朽網も同様。ふたりとも、美奈子に対する取り調べを忘れたかのよう。呆然状態で帆柱に注目している有様となっていた。

 

「……ケ、ケンタウロスだとぉ……き、斬れぇ! 全員束になってかかりやがれぇーーっ!」

 

 合馬が叫ぶ命令は、具体性も策もない、ただの妄言。ほぼヤケクソの感があった。これでは命令される側としても、なにをいったいどうすればいいものやら――であろう。

 

「え、ええ……あれとやらんといけんとぉ……☂」

 

「勝てるわけなかばい……☃」

 

 各人、一応は剣先を帆柱に向けるものの、全員が見事な及び腰。反対に孝治は、自分にとことん有利な状況になれば、これまたとことん調子に乗る性格なのだ。それは自分でもわかっていた。

 

「おめえらに用はなかっちゃけねぇ! やけん早よそこばどきんしゃーーい!」

 

 剣をブンブンと振り回す孝治の周囲から、騎士どもがささぁーーっと、まるで割れるようにして左右に分かれたりする。

 

まるでモーの『十戒』である。

 

 もちろん騎士たちのこの怖気づいた行動は、決して孝治に恐れを抱いたからではない。それも孝治は、重々承知。彼らはケンタウロス――帆柱からの威圧感を、まともに受けているのだ。

 

 しかし騎士どもとて、いつまでも引き下がってはいなかった。

 

「てめえ! いい気になってからにぃ!」

 

 騎士のひとりが剣を振り上げ、孝治に襲いかかってきた。

 

「うわっち!」

 

 痩せても枯れても、騎士は騎士。孝治は目の先寸前で剣の振りをかわし、こちらもすぐに、剣を構え直した。

 

 ガチンと剣と剣とがぶつかり合い、バチッと火花が周辺に飛び散った。

 

 現在騎士団のうち、ひとりはケガで退場。もうひとりは孝治とお相手中――である。

 

 残りの六人は、帆柱がまとめて対戦をしていた。

 

 だが、一対一でも苦戦の孝治と比べ、帆柱は六対一でも余裕の塊だった。

 

「こん馬鹿チンどもがぁ! 腰が泳いどろうがぁ!」

 

 戦いの最中に指導の言葉を並べながら、長い槍で騎士たちの剣を、まさにバッタバッタと弾き飛ばしていた。

 

「うわぁーーっ!」

 

 手にしていた剣を失った騎士が、地面に尻餅の無様をさらす。

 

続いて帆柱が、槍をクルリと、器用に両手を使っての反転。刃先とは反対の柄の部分で、別の騎士の腹を、甲冑の上から激しくボグッと打ちつける。

 

「うえっぷっ!」

 

 これでは打たれた側は、たまったものではない。そいつは両手で腹を抑え、そのまま地面にうつ伏せとなってしまった。

 

「きぃえええええええっ!」

 

 さらによせばいいのに、帆柱の背後から斬りかかろうとした騎士が、後脚の蹴りを見事にドガンと喰らう始末。

 

 股間に。

 

 この技は、さすがにケンタウロス。状況がここまで帆柱有利に進めば、問題はむしろ、孝治の側にあるだろう。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system