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『剣遊記 閑話休題編V』

第三章 激闘! 悪をつらぬく角一本。

     (16)

「うわっち! あーちゃんやなかね♋」

 

 孝治はかろうじて湯船から飛び上がる衝動(?)に耐えながら、声を大にして驚いた。一応本人の登場なので、呼び方もしっかりと変更して。

 

「やっぱ、ここにおったとですね

 

 驚く孝治の前で微笑む綾香は、体に桃色無地のバスタオル一枚を巻いただけの姿でいた。その下はもう絶対に、パンティー一枚身に付けていない状態は明らかだった。

 

『あくまでも友美ちゃんとあたしみたいな身内ならOKであって、慣れない他人が来たらパニックになるっちゃね

 

 涼子が辛辣に批評してくれた。その慣れない新人である綾香が微笑んだままの顔で、さらさらと言ってくれた。

 

「きょうは皆さんに命ば助けてもろうたんで、ひとりひとり全員にお礼ば言うて周りようとです♡ そしてぇ、でもって最後に、孝治さんと友美さんがお風呂ば入っとうっち聞いたもんやけ、こげんしていっしょにお風呂に入りに来たとですよ♡♡」

 

「い、いっしょっち……おれん正体ば、もうみんなから聞いとろうに……☢」

 

 などと声を裏返りにして、孝治は本質的な疑問(元男と混浴なんち、ええとや?)で応えたのだが、それでも綾香の笑顔は変わらなかった。

 

「ええ、でも先輩の皆さん方、孝治さんはもう身も心も立派な女性なんやけ、なんも遠慮することなか、っち言ってくれましたけど☀」

 

「あいつらぁ〜〜♨」

 

 孝治は歯ぎしりを繰り返した。どうせ由香たち全員、おもしろがって綾香を浴場に行かせたのだろう。絶対そうに決まっている。

 

「そもそもおれっち、身はともかく心まで女性になった覚えはないとやけね

 

「ええ、それくらいはあーちゃんもわかっちょります☀」

 

「うわっち!」

 

 どうやら本人(綾香)も承知の上らしい。従ってそこまで綾香に言われては、孝治の儚い抵抗も無駄と言うもの。

 

「ほんなこつ……ええんけ?」

 

 そんな疑問満載な孝治の瞳の前で、綾香がジャブジャブと湯船に、まずは右足から入った。この時点でまだバスタオルを巻いたままなのは、さすがに見た目と頭ではわかっていても、本心では殿方(孝治)との混浴を恥ずかしがっているためであろうか。

 

 ちなみにタオルを体に巻いたままでの入浴は、誰もが御存知のとおり、お風呂でのマナー違反である。それも承知してか。綾香が肩まで湯に浸かってから、濡れたバスタオルを体から外して、丁寧に湯船の縁であるタイルの上へと置き直した。

 

 それから孝治と友美に向けて、改めてのひと言――らしい。

 

「では、孝治さんとぉそしてぇ友美さん、本日はほんなこつ危ないところば助けてもろうて、あーちゃんすっごう感謝ばしてるっほ♡ そしてぇ、どうかこれからもよろしゅうお願いいたしますけ

 

 さらに右手を差し出した。どうやら孝治に握手を求めている感じ。

 

「あ、ど、どうも……☁」

 

 さすがに孝治も、顔面が赤く――さらに熱くなってきた思い。当惑と困惑が半分半分の気持ちになって、孝治も右手を綾香に差し出した。

 

 しかし孝治はこの時点において、ある重大な件を忘れていた。


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