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『剣遊記閑話休題編U』

第二章 黒川温泉、陰謀の桃源郷。

     (8)

「あん人、こんわたしになんば恨みがあるっちゅうんねぇ♨」

 

 水晶亭に帰る道すがら、彩乃の憤慨は、今も継続中でいた。さらに胸に渦巻く怒りのついで、祐二が自分に嫌がらせを繰り返す理由も考える――のだが、まるで心当たりは浮かばなかった。

 

「あん人……きょう初めて会{お}うたばっかしばってん……だけんわたしがこがんまでされるっちゅう覚えなんか、いっちょんなかばってんけどねぇ〜〜♨」

 

 それとも、もともとから女の子を見れば理由など無しでいじめたがる、幼児的とも言える異常な性格なのだろうか。それはそれで、かなり気持ちの悪い話となるけど。

 

 そんな小言をブツブツとつぶやきながら、彩乃は今も大股で歩き続け、来る気のなかった山道を抜け出るとこまで来た。すると今度は、先ほどまでの土産物屋通りとは打って変わった、寂しい限りの裏道となっていた。

 

 同じ町の中とはいえ、こちらにはにぎやかなお店が一軒もなかった。ただ下水道の臭いだけが充満をしていた。

 

「あってまぁ……わたしって、なしてこがん無意識にこげなとこばっかし来ちゃうとやろっかねぇ?」

 

 まったくもって、自分の体内を流れる、ヴァンパイアの血筋が恨めしかった。このため未来亭ではみんなと仲良く働いているのだが、その実本心では、内にこもっている陰気ぶりを笑顔で覆い隠す努力に、いつも汲々とした苦労を自分に強いているのだ。

 

 知られざるヴァンパイアの内情である。

 

「そうたい! こがんなったらこげなん全部、祐二んやつが悪かやっかぁ!」

 

 こうなれば、『お日様が東から昇って西に沈むのも、夏が暑くて冬が寒いのも、郵便ポストが真っ赤っかなのも、みんなみんなあんたのせい♨☛』の例え。祐二にすべての罪をひっかぶせ、彩乃は裏道にも背を向けた。それと同時にガシャンッと、背後でなにか、物が崩れるような音がした。

 

「えっ? またぁ?」

 

 どうせあいが(祐二が)やろうと、振り向く寸前だった。彩乃は背後から突然現われた大きな影によって、いきなり太いヒモで首を絞められた。


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