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『剣遊記閑話休題編U』

第二章 黒川温泉、陰謀の桃源郷。

     (3)

「ねえ、わいさん♠♣♦」

 

「なんね?」

 

 突然口調を変えた彩乃に、祐二が今度は眉にシワを寄せた顔となった。それに構わずに彩乃は、逆挑発を続けてやった。

 

「わいさん、さっきからよう見ようだけで、わたしん体にうっかかりたいっち思わんとね?」

 

「うっかかり……ああ、長崎ん方言で、よっかかりっちゅうことばいね」

 

(こいつ、わたしが長崎ん生まれっちゅうことも、もう知っとうとばい! いつどこで調べたとやろっか?)

 

 心中で彩乃は驚いた。しかし今は、それに突っ込むどころではなし。それよりもセリフは一応冷静だが、とたんに祐二の顔が赤味を帯びた状態を、抜群の視力である彩乃は見逃さなかった。実際冷静は初めのうちだけで、祐二のしゃべり方はだんだんと、しどろもどろ調になっていた。

 

「オ、オイは……ぬしゃがコウモリばなって飛んでくとこば見たいだけばい……☠☁☂」

 

 その言葉の意味など考える気もしないが、彩乃はひとつの結論を、素早く頭の中で構築させた。

 

(こん人きゃーぶっとうけど……案外ウブなんやなかろっか☀)

 

 そうと判断すれば、次の行動も早かった。

 

「じゃあ、そがん見たいとやったら、見せてあげるばい♨」

 

「へっ?」

 

 しゃがんだ体勢から、彩乃はすっと真正面を向いて立ち上がった。もちろん体にはバスタオル。しかしこれでは一見して、全裸でいるよりも挑発的な格好だとも言えた。それでも彩乃自身はもはや、『肉ば斬らせて骨ば断っちゃる☠』の心境なのだ。それからまさに、予想をしたとおりだった。

 

「う、うわぁ! なばんごつやおいかんこつやめぇ! とつけむにゃあ(熊本弁で『とんでもない』)こつすんやなかぁ!」

 

 出歯亀を気取っていた祐二のほうが、なぜか慌てて目をそらす事態となった。

 

「やっぱやねぇ☆」

 

 ここで彩乃の『やっぱやねぇ☆』が、いったいなにを意味するのか。祐二には一生わからないだろう。もっともわかる以前に突然湯船から、バッシャアアアアアアッと噴水のようにお湯が弾け飛び、それが祐二に集中して降りかかった。

 

「おわぁ! 熱っちぃ!」

 

 実は温泉自体の温度は、それほど大したほどでもなかった。だけどいきなり水が襲いかかってくれば、これで慌てない人はいないだろう。

 

 急な怪現象でパニック! 隙だらけとなった出歯亀野郎――祐二に、彩乃はバスタオル一枚姿のままでガシッと前からつかみかかり、そのままエリ首を握って、見事な一本背負い

 

「とあーーっ!」

 

「あひぇえええええっ!」

 

 空中でほぼ一回転をさせ、背中からお湯の中へ、ドッボオオオオオオンンと叩き込んでやった。

 

「わっぷっ! わっぷっ! あぶぶっ!」

 

 お湯の中で無様にもがく祐二に向け、勝ち誇りの笑顔のつもり。彩乃はきっぱりと言ってやった。

 

「これでごーぎわかったでしょうが★ ヴァンパイアはコウモリに変身したり血ぃ吸うだけやなかけんね♡ こがんでも多少の念力ば使えるとやし、腕力かて並みの人間の倍はあるったいね☀」

 

 実際、水を操る能力も、本場のウンディーネである由香には遥かに及ばない。それでもヴァンパイアの念動力は、けっこう優れモノなのだ。さらにまた、腕力が有り余っている話。これもひとつの事実である。そんな彩乃にチョッカイをかけようとした馬鹿者のほうに、ここは断然と非が生じたに決まっている――とは言えだった。

 

「は、は、はっくしょん!」

 

 おのれのくしゃみ一回で、彩乃は自分自身が現在置かれている状況を、改めて再認識した。

 

「きゃん!」

 

 しかも最悪は継続中。いや、事態はもっと深刻。祐二に一本背負いを決めた際、体に巻いていたバスタオルがはらりと落ちて、彩乃は生まれたまんまの真っ裸で、露天の浴場に立ち尽くしていたのだ。


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