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『剣遊記閑話休題編U』

第二章 黒川温泉、陰謀の桃源郷。

     (1)

 宿泊用に充てられた部屋に案内をされたあとである。彩乃は早速で、念願のひとっ風呂を決行した。

 

 本日は確かに、湯治の本格的なシーズンからは外れていた。従って、露天の温泉は見事、彩乃ひとりの貸し切り状態。

 

 軽い気持ちで、手紙の配達仕事を請け負った彩乃であった。ところがこれほど待遇の良いおまけ付きであったとは、正直夢にも考えていなかった。当然彩乃のはしゃぎようは、いつもより格段に違っていた。

 

「あってまぁ! わたしひとりっきりばぁーーい♡♡」

 

 脱衣場で給仕の制服から下着までのすべてを脱ぎ捨て、彩乃は真っ裸(当たり前か)で湯船に突入。バッシャアアアアアアアンンと、これがシーズンの真っ盛りであれば『静かにせんけぇ!』と、他の湯治客から怒鳴られる場面であろう。だけど完全貸し切りの現在、そのような気づかいは、まったくの無用。露天の温泉には誰もいないので、彩乃は思いっきりの湯船を堪能。露天からの遠望を楽しむことに専念した。

 

「ほんに良かやろっかぁ〜〜♡ わたしひとり、こがん桃源郷みたいな世界ば楽しんでもうてぇ♡ これば帰って自慢したりなんかしたら、由香たちいじくそ怒るばいねぇ……ぼっくりとね♥」

 

 お湯に肩まで浸かった彩乃の頭にまず浮かんだ光景は、未来亭に残した仲間たちが働いている姿であった。あくまでも肌で感じた実感だが、出発前みんなは明らかに、彩乃をうらやましがっていた。彩乃はあまり勘が発達しているほうではないが、これくらいは察しがつくというものだ。いわゆる空気読みであろう。

 

「まっ、よかね♡ 別にわざわざ、反感ば買うこともなかけ♥ 黙って帰れば、誰も怒んないもんやけね♥」

 

 この発想はある意味において、確信犯的とは言えないだろうか。確かにどのような贅沢三昧を行なったとしても、それを周りに話さなければ、無用の嫉妬を買う結果とはならないであろう。そんなつまらない心配事よりも、今は存分に温泉を満喫できれば、これはこれで、この世の天国だった。

 

「わぁ〜〜♡ ほんなこつぼっくりええ景色ぃ〜〜♡」

 

 彩乃はそのまま、裸で湯船からバシャッと立ち上がり、浴場に設置されているバルコニー型の展望台まで、軽いスキップ気分で歩いて行った。周囲の山々に、瞳を移したくなったので。

 

 その周囲の山々は、すべてが樹木に覆われ、さながら緑の絨毯の様相となっていた。

 

「こがんええ景色ば独り占めやなんて、わたしってほんなこつ、シ・ア・ワ・セ♡♡」

 

「景色も良かばってん、ぬしもなかなかええもんばい♡」

 

「きゃん!」


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