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『剣遊記閑話休題編U』

第一章  ヴァンパイア娘、初めてのおつかい。

     (7)

 ところがそのような幸せな場面には、必ず邪魔者が現われる展開も、この世の常である。

 

「へぇ〜〜、そんむぞらしかよめごが、北九州の未来亭から来た使いのモンけぇ♪」

 

 いつの間に執務室のドアを開いたものやら。くだけた格好(やや汚れ気味の青いTシャツとグレーのズボン)の男がドアの前に立ち、彩乃をおもしろそうに眺めていた。

 

「えっ?」

 

 これにて半分陶酔の世界に浸っていた彩乃の意識が、ハッと元どおりに覚醒した。さらにおまけとして、瞳も大きく見開いた。

 

「祐一さんがふたりぃ? これってどがんことぉ?」

 

 服装こそまったく異なっているのだが、ドアの前に立つ男はなんと、祐一とウリふたつの顔をしていた。

 

「な、なんねこれってぇ! まるで友美ちゃんと絵の女ん子みたい〜〜✐✄

 

 これは今回のストーリーには、まったく関係しない話。未来亭在籍の魔術師浅生友美{あそう ともみ}と、店内に飾られている少女の肖像画が、偶然の一致だろうけど双子のようにそっくりな件を、ここで彩乃はひとつの例として思い出していた。

 

 とにかくこれにて、彩乃は頭が混乱。瞬間的なめまいを感じるほどであった。だけどすぐに清滝氏が、納得のいく解答を言ってくれた。別に彩乃向けではなかったが。

 

「祐二{ゆうじ}っ! ぬしゃこん部屋には出入り禁止やと言うとったはずばい! やけんわけくちゃ言うとらんで、こっがらとっとと出て行くったい! おんなじ兄弟でありながら、お客しゃんになんちわっかんことば言うとね♨」

 

「ゆうじ……? おんなじ兄弟……? もしかして……名前も似とうとやけどぉ……?」

 

 彩乃はすぐに、自分のそばに立つ祐一と、ドアの前の祐二を交互に見比べた。

 

 なるほど、見れば見るほどにウリふたつ。しかし両者が振り撒くオーラのような雰囲気は、まるで別人のように、やはり異なっていた。強いて表現を行なえば、同じ顔をした秀才とツッパリと言った感じ。祐一が紳士的な七・三分けに対し、祐二はやや時代遅れ気味のリーゼントである点など、その最たる違いであろう。

 

 そんな風で、今も困惑模様である彩乃を見つめ、祐二はさもおもしろそうなモノを見る顔をしていた。対照的に祐一のほうは、苦虫を五十三匹ほど(適当)噛み潰したような顔となっていた。

 

 彩乃はポツリポツリの口調で、祐一のほうに尋ねてみた。

 

「あのぉ……祐一さんって……そのぉ、やっぱり双子さんなんですかぁ?」

 

「おっしゃられるとおりの双子なんです☹」

 

 彩乃の問いには答えてくれたものの、祐一はそれ以上、なにも言わなかった。いったいどのような事態が起こっているかはわからないのだが、世間でよくあるような確執が、この双子の兄弟――いや父親も巻き込んで、渦を巻いているのだろうか。

 

「行きましょう! 彩乃さん⛑」

 

「はっ、は……はい☁」

 

 祐一が先を急ぐかのようにして、彩乃の右手を握って引いた。とにかく一刻も早く、気まずくなった空気の執務室から、出ようとしているかのようだった。そこで当然ながら部屋を出る際、祐二の脇を通る破目となるわけ。

 

「へへっ、どぎゃんね♥ こん黒川ん町も、なかなかええモンやろ♥ なんやったらあとでオイが、こん町ばご案内して差し上げるったいね♪」

 

 口笛混じりである祐二の口調は祐一とは百八十度も違って、彩乃の背中に巨大な悪寒を走らせた。だから彩乃は立ち去る直前、瞳の色を金に変え、祐二をギロリとにらんでやった。

 

「おあいにくばってん、きゃーぶってる(長崎弁で『カッコつけてる』)わがなんか、大っ嫌いなんやけぇ!」

 

 おまけで赤い舌を出して、アッカンベーもしてやった。

 

「ひゅう〜〜♪ けっこう気ぃ強かしおめくよめごやのう♡」

 

 彩乃の一喝は、祐二の軽い口笛で見事に返された。


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