『剣遊記X』 第一章 天才魔術師の憂鬱。 (8) 「な、なんねえ! なんが起きたとやぁ!」
孝治は慌てて、先輩と同じように、周辺をキョロキョロと見回した。見れば周りにいる無関係な人たちまでが、天を見上げて騒いでいた。
「ああっ! 空を見ろ!」
「鳥だ!」
「飛行機だ……じゃないドラゴンだ!」
そんな彼らや彼女たち注目の的が、二回目の雄叫びを張り上げた。
「進一さぁーーっ! どんな所さ隠れでるつもりでも駄目なんだがらぁーーっ!」
ついに孝治も叫んだ。
「ああーーっ! あれってバードマン{有翼人}やぁーーっ!」
驚きふためく孝治たちの見上げる前。空からひとりの少女が舞い降りた。
服装は軽微な革製の鎧だが、特に武器などは備えていない模様。また見た目の年齢も、たぶん由香や友美と同年代――と思われた。
ただし、初お目見えで孝治も叫んだとおり。彼女の背中には、純白な鳥の翼が生えていた。
『へぇ〜〜☀ バードマンってあたし、初めて見たっちゃねぇ✍』
涼子が珍しがる気持ちも無理はなし。バードマンとは、読んでその名のごとし。背中に鳥類の翼があり、大空を自由に飛翔ができる、亜人間{デミ・ヒューマン}の一種なのだ。しかも人間の体格に備わっているだけあって、翼も並みの鳥より、段違いに頑丈で大きくなっている。だから白鳥を連想させる彼女の翼も、実は猛禽類並みの底力を秘めているに違いない。
「あっ、こっちば見ちょる☞」
孝治の右手に寄り添っている友美が言うとおり、路上に着地したバードマンの少女(肩まで伸びている黒髪を、うしろでポニーテールに束ねたヘアースタイル)が、巨漢――魚町の足元に集まっている孝治たちに、きつめの目線を向けていた。
「進一さぁ! こん人たち誰だんべぇ? まさか、あたしという許嫁{いいなずけ}がありながらぁ、もしかして浮気しでるんじゃないでしょうねぇ☠」
「ち、違うっちゃよ! 静香{しずか}!」
魚町が両手の手の平を前に出し、巨大な体を震わせて、バードマンの少女――静香を相手に、必死の弁解をやらかした。
このふたりの関係が、いったいどうなっているのか。現在蚊帳の外にいる孝治たちにはさっぱりだった。だが、ひとつの件だけ、ビックリする要素があった。
「いいなずけぇ!」
全員の声(涼子含む)が、この場にて見事に重複した。理由は思わず聞き耳を立てたくなる単語が出ただけで、話がどうやら尋常ではない様子が、すぐに理解できたからだ。
そんな中にあっても見た目――いやいや聞いた耳でよくわかるほど、魚町の苦しそうな弁明が続いていた。
「し、静香にも紹介しようっち思いよったんやけど……ここにおるんは、おれといっしょの店に勤めちょう仲間ばい!」
「仲間ですってぇ?」
女の子にしては、正真正銘、まさにきつめの目線であった。そんな静香が居並ぶ孝治たちを、ジロリと眺め回してくれた。
まず始めに裕志――これにはまったく、気にも留めない感じ。
続いて由香、友美――涼子は見えないだろうから素通り。最後に孝治を見つめ、ひと言ぬかしてくれた。
「なぁーんだぁ、大したことない人ばっかしだんべぇ☆☆」
「ぬぁんですってぇーーっ♨♨」
孝治も知っているとおり、気性が割と強めである由香が、これに黙っているはずがなかった。すぐに静香に、喰ってかかろうとした。
「あんた♨ いきなり人になんちゅうこと言うとねぇーーっ!」
それを裕志が、すがりついて引き止めた。
「ま、待ちんしゃい! こ、ここは初対面同士なんやけ、いきなりケンカはいかんばい!」
「だって、裕志さぁーーん! あたし、くやしかぁ!」
こんな由香と裕志を見て、静香が鼻で笑っていた。
「ふふん☆ なんだべぇ☜ みっとがないねぇ♪」
続いて孝治にも振り向いた。
「うわっち!」
「そっちの彼女さぁも、あんまし女らしゅうねえけどねぇ☛」
これは由香を指しているらしい。
「まあ、あんたよりはマシだんべぇ★ だってあんた、一見したどごろ戦士やっでるみでえだげんど、女なんだがら、もうぢっと化粧したほうがええんでないの? はっきり言って、おやげないぐらいヘタだがね☠」
「ヘタぁ?」
この瞬間だった。孝治の思考は一時停止した。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |