『剣遊記X』 第一章 天才魔術師の憂鬱。 (7) 「まさか孝治が女に変わっちょったとはねぇ〜〜☞♋」
魚町がその大きな顔を間近まで寄せ、孝治の頭のてっぺんからつま先まで――全身をまじまじと、まるで舐めるように見つめ回してくれた。
そんな魚町の大顔と、孝治の上半身の大きさが、物の見事に一致。これを遠くから離れて眺めれば、まさに恐竜(特にティラノサウルス)と獲物(ガリミムスくらい)の間柄みたいなものであろうか。
「……そ、そげん見らんでくださいよぉ……先輩ぃ……☠」
魚町の巨顔とまともに向き合えば、さすがの孝治もビビる思いがした。これは初対面のときから変わらない、言わば本音であった。ちなみに初対面のときと変わっていることは、孝治の性別だけ。
「べ、別に隠しとったわけじゃなかですけ……先輩が一年も留守にしとったけ、なんも伝えられんかったとですよ☠」
などと魚町に向け、つまらない言い訳の繰り返し。孝治は頭の中で、ふうっと深いため息を吐いた。
(あと何人……いんや何百人、おれの性転換ば知らん身内がおることやら……ってか☠)
とは言え、天と地が引っくり返ったような、驚天動地の性転換であったのだ。このような珍事、伝えないで済むのなら、できれば永遠に伝えたくはなかった。
『おひさしぶりです♡ おれ、女性に変わりましたけん♡』なんて言って、いったいどのような顔で挨拶すれば良いものやら。
「おれんこつ未来亭に帰ってからゆっくり説明ばしますけど、それよか先輩、どげんしてそげん慌てとったとですか? 先輩が走れば街中大迷惑っちゅうこと、自分でもよう知っちょうっち思うとですけど……♐」
「そ、それはやねぇ……☁」
孝治から逆に問われると、魚町が急に態度をおどおどとさせた。それからこの場でしゃがみ込み、その体格には似合わない、ボソリ気味の小さな声で答えた。
「……実はおれぇ……追われとうと☚☛」
答えるついでか、周辺と空も、キョロキョロと見回していた。
「追われ……ちょるとですかぁ?」
常識外れな魚町の体格とは、まったく不似合い。意外極まる大男の返答だった。これに孝治たち一同、思わず唖然。すると現在の状況に、まるで合わせるかのような事態が発生した。
「ああーーっ! 見づげたぁーーっ!」
空の上から、突然甲高い女性の声が轟き渡ったのだ。それと同時に、鷹か鷲が羽ばたくような力強い羽根の音が、バサバサバサッと周囲に大きく鳴り響いた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |