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『剣遊記X』

第一章  天才魔術師の憂鬱。

     (5)

「魚町先輩けぇ?」

 

 それは孝治も知っている名前だった。しかも裕志が『先輩』と呼ぶからには、孝治にとってもやはり『先輩』。彼も未来亭の専属なのである。しかし、言わば新人でもある涼子にしてみれば、完全に初対面の人物以外の、何者でもないはずだ。

 

その涼子がこそっと、孝治に耳打ちで尋ねてきた。

 

『ねえ、魚町先輩って、どげな人?』

 

「あん人ばい☞」

 

 孝治は砂煙を右手で指差して、あっさりと答えた。

 

『ええーーっ!』

 

 涼子は自分の瞳を疑っているような顔をした。

 

 孝治の指差した先――やがて砂煙も晴れて、その中のデカい影が、はっきりと見えるようになってきた。

 

 ただ、あまりにもデカ過ぎ。

 

 デカ過ぎて遠目で見ても、頭のてっぺんが近くにある建物の二階の窓まで届いている状況が、よくわかるほどだった。

 

 それほどの大男が走っていた事態こそ、街を震わせた大地震の原因だったのだ。

 

『なんねえ! あん人! もしかして巨人{ジャイアント}けぇ!』

 

 孝治は頭を横に振った。

 

「いんや☺ 極めてふつうの人間ちゃよ✌ ちぃっとばかし背が高いだけやけ☝」

 

『あれのどこが“ちぃっとばかし”になるとねぇ!』

 

「まあ、ちぃっとよか少々上やろっかねぇ♪」

 

 超驚き顔である涼子のツッコミに、孝治は軽いボケの調子で返してやった。これに涼子が、今度は真面目に歯がゆそうな顔付きとなった。

 

『もう! 孝治っち意地悪かぁ〜〜!』

 

「まあまあ、あん人もおれの先輩で、荒生田先輩や帆柱先輩と同期の魚町進一{うおまち しんいち}って人ばい☆ なんせ帰ってくるんが一年ぶりやけ、涼子が知らんのも無理なかっちことやけどね♠」

 

 などと、孝治は軽くなだめてやったが、それでも涼子は、ほっぺたをプクッとふくらませたまま。

 

『もう! 未来亭って、いまだあたしにとって“未知ん世界”ってことやない!』

 

 幽霊の分際で、未知もなにもないような気がする。だけど孝治と涼子でなんだかんだと話しているうちに、いつの間にか煙が、完全に晴れ渡っていた。しかも気がつけば、見上げるほどの大男の姿が、誰の目にも鮮明となっているのだ。

 

「魚町先ぱぁーーい!」

 

 先ほどまでの異常が地震でないとわかり、裕志もようやく安心感を取り戻したようだ。すぐにテーブルの下から這い出て、大男に呼びかけた。

 

「おうっ♡」

 

 なじみである後輩の声に気がついたらしい。大男――魚町が、小走りまで落としていた駆け足を、ピタリと停止させた。

 

 巨大な体格に似合わず、けっこう細かい気配り神経と小回り力を持っている男であった。

 

 また、さすがに荒生田や帆柱との同期。彼の職業も戦士なのだ。従って、その体格に見合った――恐らく特別注文製だろうけど――巨大な革(いったい何頭分の牛皮なのか、まるで見当がつかない)と金属製の混成鎧を着込み、腰のベルトには剣ではなく、戦闘用の大型斧が装着されていた。

 

『……ほんなこつ、大きかっちゃねぇ〜〜☀』

 

 ここでも自分の姿が見えない特権(?)を利用。涼子が立ち止っている魚町に、そっと接近。近づけば近づくほどに、魚町の巨漢ぶりを生{なま}で実感していた。

 

 孝治も改めて魚町と涼子の身長差を見比べたが、まさに比べ物にはならない――いや、それ以前に問題外と言いたいほどに高かった。

 

 涼子の頭が魚町の膝よりも下なのだ。しかもまるで、周囲の建物が逆にミニチュア化して縮んだかのような、錯覚を感じるぐらいに。

 

 ケンタウロス{半馬人}である帆柱正晃{ほばしら まさあき}先輩も、充分すぎるほどの背たけがあった。しかしこちらの先輩の場合、下半身の馬体も計上しての身長である。だが、今こうして(孝治と友美だけに見える)涼子と並んでいる魚町は、ふつうの人間であるはずなのに、確実にケンタウロスを超えていた。

 

 それなのに、あれほどの地震騒ぎを引き起こしておきながら、当の魚町は愛嬌たっぷりの顔でいた。

 

「やあ、みんなぁ♡ 元気しとったね♡」


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