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『剣遊記X』

第一章  天才魔術師の憂鬱。

     (4)

 ところがそんな気分爽快を、地震が見事に打ち砕いてくれた。

 

「な、なんねえ!」

 

「地面が揺れちょうばい!」

 

「な、長いのぉ……☁」

 

 孝治の周辺にいる一般市民たちも、大声を上げて騒ぎ始めていた。

 

 孝治たちは青空喫茶の店外テーブルでコーヒーやジュースを楽しんでいたのだが、もはやゆっくりとくつろげる状況ではなかった。見れば床も店先に置かれている観葉植物の鉢も、大きくガタガタと、鳴り響いているからだ。

 

「や、やばかっ!」

 

 孝治は慌てて、右隣りの席にいる友美を庇う姿勢で、自分の胸元まで右手で引いて抱き寄せた。

 

「友美! 気ぃつけるっちゃ!」

 

「あ、ありがと♡」

 

 友美は孝治と同じ革製鎧こそ着ているものの、やはりこれは本能であろう。孝治は真っ先に、友美を守る考えしか浮かばなかった。もっとも友美は前述のとおり、プロの魔術師。だからいざとなれば空中浮遊の術で、安全な空の上への避難も可能。従って孝治の思うほど、実際は心配の必要はないのかも。

 

 その友美が大通りの遥か先に、右手人差し指を向けていた。

 

「孝治っ! あれば見てん!」

 

「うわっち!」

 

 孝治は最初、それを砂嵐だと思った。その砂嵐がまっすぐ、こちらに向かって接近していた。

 

「あげなこつっち、なかやろ!」

 

 孝治はすぐに頭を横に振って、瞳の前で展開されている砂嵐を否定した。なぜならここが砂漠か砂丘ならばいざ知らず、市内の道路はどこもかしこも石畳で完全に舗装をされ、少々の風――いや嵐でも、砂嵐どころか埃も立たないはずなのだ。

 

 ただし少々でなければ、それもありうる――かも。

 

 つまり少々ではない事態が、孝治たちに迫っている――と言う話になる。

 

「地震やなかばい! あげんこつっち!」

 

 彼氏である裕志よりずっとしっかり者の由香が、やや慌て気味ながらも、砂嵐を見て声を張り上げた。肝心の裕志はすっかり怯えて、テーブルの下に隠れている有様だと言うのに。

 

「あたしもようわからんとやけど、あれはなんか大きな動物が走っとうみたいっちゃけ!」

 

「動物け?」

 

 由香に言われて孝治も瞳を凝らし、砂嵐を改めて見つめ直してみた。しかし震動は、いまだ継続中。喫茶店から道路を挟んだ向かいの建物から、ガラガラガラガラガラガラッと、屋根瓦が雪崩のように落下した。さらにあちこちの窓ガラスや店の看板なども、同じような惨状。次々と路上に落ちて割れ散った。

 

 また通行人たちが、それらの凶器を必死になって避けながら、迫り来る砂嵐にも目を奪われていた。

 

 やがて、煙の中に大きな動物――ではなかった。孝治の瞳に、人の影らしい物が見えてきた。

 

「あ……あれ?」

 

 だけど確かに、人の影には違いなかったのだが、それがやたらとデカかった。

 

「……あれってぇ……もしかして……?」

 

 孝治はその影に見覚えがあった。さらに友美と由香も、同じ気持ちのようだった。

 

「……もしかしてぇ……帰ってきたっちゅうと?」

 

「……あん人がけぇ?」

 

 だけど涼子ひとりだけが、なにがなんだかわからない顔付きでいた。

 

『な、なんねえ! またあたしだけひとり、のけモンにしてからぁ! みんなしてわかったっちゅうような顔ばせんといてぇ!』

 

 もちろんこの幽霊の癇癪は、孝治と友美にしか聞こえなかった。そんな状態であるから涼子には応えず、孝治も友美も真面目な気持ちを前面に出して、砂嵐をジッと見つめるだけでいた。

 

「……あん人ぉ……やっぱ魚町{うおまち}先輩っちゃねぇ……♐♐」

 

 ようやくテーブルの下から恐る恐るの感じで顔を出した裕志が、上擦ったしゃべり方でささやいた。


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