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『剣遊記X』

第一章  天才魔術師の憂鬱。

     (3)

 こりゃ、いよいよ来たるべきモンが来たっちゃねぇ――と考え、戦士たる者、いついかなる場合でもの覚悟ば決めて、行動せんといけんばい――などと、孝治は歯をガチガチと鳴らしながら、周囲の様子を眺めてみた。

 

『あららぁ? 孝治も震えとうと?』

 

 ちなみに今の声は孝治と――もうひとりにしか聞こえないものだった。それでも孝治は虚空に向け、精いっぱいの努力で怒鳴り返してやった。

 

「しゃ、しゃあしぃったい! これは武者震いってやつなんやけ!」

 

 だけども怒鳴ったそばから孝治の足は、武者震い以上のガタガタとした震えを、先ほどよりもさらに一層増していた。ついでに裕志は、突然孝治の吠えだした理由がわからない様子。目が『?』の顔付きでいた。

 

 なお、孝治と裕志はきょうは仕事がないので、街の青空喫茶にまで足を伸ばしていた。もちろん命の洗濯をしている者は、このふたりだけではなかった。裕志には未来亭の給仕係である一枝由香{いちえだ ゆか}が。さらに孝治には、いつものお相手――裕志と同業の職業魔術師である浅生友美{あそう ともみ}がいた。

 

 その友美が言ってくれた。いつもの調子できついセリフを。

 

「武者震いっち、言い訳の定番っちゃねぇ

 

 ついでにもうひとりの問題児――元貴族令嬢で、現在自由職(?)の幽霊曽根涼子{そね りょうこ}も同席中。つい今しがた孝治に聞こえた冷やかしの声は、実はこの幽霊涼子が発信源だったのだ。しかも涼子は自分が死んで幽霊になった不幸をこれまた絶好のチャンスとし(非常識)、孝治と友美に勝手に取り憑いたうえ、いつもくっ付いて行動を伴にしている、とんでもない幽霊なのだ。さらにあられもない一糸もまとわない姿を、孝治と友美のふたりにしか見せないし、声も聞かせていない。その理由はふたりを気に入った――という、いい加減な話の成り行きで。

 

 余談ながら、この涼子と友美が、孝治もビックリするほどにウリふたつの顔。要するに他人の空似であるそっくりさん同士なのだが、今回も物語の進行とはあまり関係しないので、これ以後は話を省略する。三人とも、とっくに慣れっこになっているから。

 

 続いて、さらに関係のなさそうな余談。なぜ裕志と由香がいっしょにいるかと言えば、これはふたりが天下公認の恋人同士でいるからであって、これはこれで大いにけっこうな話であろう。ただ問題は、裕志と言えばある人物――先輩戦士である荒生田和志{あろうだ かずし}がいるはずだが、彼は現在、北九州市に不在中となっていた。

 

「ほっっっんなこつ珍しかっちゃねぇ♪ 先輩が今度の冒険に、裕志ば連れて行かんなんちねぇ✍」

 

 この天下の珍事に、孝治は物珍しげな興味本位で、裕志に尋ねたものだった。これに後輩魔術師は、なぜか泣きそうな顔になっていた。

 

「うん……先輩ったら、『おまえは頼りにならんばい!』とか言うて、今度の沖縄での海賊の宝探しに、ぼくやのうて到津さんといっしょに行っちゃったんよねぇ……なにしろ到津さん、空ば飛んで行けるもんやけ、絶対到津さんのほうがええっち言うて……☂☂」

 

 裕志が名前を出した到津福麿{いとうづ ふくまろ}も、孝治たちの仲間であり、その正体は銀の翼のドラゴン{竜}。また沖縄県は、九州の南方に広がる列島や諸島の海域である。だからどの島にあるのかもわからないお宝を探索するには、空を飛べるドラゴンの背中に乗って島から島へと探し回ったほうが、荒生田もベストと考えたのだろう。これでは確かに、裕志の出る幕はない。

 

 だけど尊敬する(孝治的にはかなり疑問であるが?)荒生田先輩から、見事な三行半{みくだりはん}を突きつけられた格好。これは裕志にとって、近来稀に受ける大きな衝撃だったようだ。従ってきょうの青空喫茶は、そんな裕志を慰める意味合いも兼ねていた。

 

 ちなみに孝治の本音は、スケベ大王である荒生田がいないというだけで、気分は爽快な日々だった。

 

 いつ変態先輩が帰ってくるかは聞いていないが、少なくともその日までは、羽根を充分に伸ばせる日々が続くはず。

 

 裕志の気持ちなど、いまいち理解ができないのだけれど。


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