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『剣遊記X』

第一章  天才魔術師の憂鬱。

     (2)

 最初にゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッと、けっこう大きな震動を感じたとき、戦士を職業とする若者――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}は、本物の地震かと錯覚した。

 

 ちなみに現在、孝治は街中の青空喫茶にある店外テラスにて、オレンジジュースをご賞味中。

 

「珍しいっちゃねぇ こげん街が揺れるなんち……☟」

 

 孝治は思わずつぶやいた。その理由は、北九州市が全国で最も地震の少ない地域だと、日本中にけっこう知れ渡っている背景があるからだ。

 

 ここ東洋の果て、日本列島は別名『地震列島』と称されるくらいの地震多発地帯。特に東の帝都東京市などは有史以来、何度大震災に襲われたものやら。記録に暇{いとま}のないほどである。

 

 それなのに北九州地方は、町の古い記録をいくら調べても、地震の経験が絶無といっても差し支えがないと思えるほど。だからあまりにも被害がなさすぎるので、戯言{ざれごと}をほざいて周囲を怖がらせる馬鹿者も、時々ではあるが現われていた。

 

「ほんなこつ言うたら地下にマグマが溜まって、いつかグラグラッち、でっかい地震がくるんとちゃうやろっか?」

 

 てな調子で。

 

 無論、誰からも相手にはされていないが。

 

 また、未来亭の店長で、孝治の雇い主でもある黒崎健二氏が申すには、北九州市が発展をした理由は、ここが日本でも指折りの地震安全地帯だからとの談。従って、市民のほとんどが地震不感症の中、唯一の例外とでもいえる存在が、孝治の同期で友人の牧山裕志{まきやま ひろし}であった。

 

「……じ、地震やろっか? こ、これってぇ……☠♋」

 

 裕志は不気味な震動の連続に、心底から怯えている様子でいた。彼は職業が魔術師でありながら、本当は吟遊詩人志望である変わり者。その心意気を全身で表現するためか。きょうも背中に意味もなく、お気に入りである西洋弦楽器――ギターを自慢げにかついでいた。

 

 そんな裕志も現在、孝治と共に青空喫茶にてたむろ中。

 

 孝治は裕志に言ってやった。

 

「やっぱ、地震やろうねえ☠ ここもやっぱし、日本の一部ってことばい☀」

 

「そ……そげん脅かさんとってや♋ ほんなこつ地震やったら……ぼくどげんしたらよかと?」

 

 などと裕志は、すっかり青ざめの顔。背中にかついでいるギターが、震動に乗じて勝手に鳴り響いている状態は、絶対に地震による揺れだけが原因ではなさそうだ。むしろ裕志自身の震えに反応しているのかも。

 

 しかし、それも無理はないのかもしれない。なぜなら偉そうに椅子に踏ん張って、裕志に空威張り的言動をしたまでは良し。実は孝治自身も、本心では大いにビビッているのだから。

 

「……こりゃ、マジにやばいかもねぇ……☠」

 

 この間も震動は、途切れる様子もなし。いまだテーブルや床を揺らし続けていた。


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