『剣遊記X』 第一章 天才魔術師の憂鬱。 (12) 村で一番大きな屋敷――つまり静香の実家が、今夜の宴の会場になっていた。
山賊退治の成功を祝い、招待された村人で席が大いに盛り上がる中だった。静香は上座で村長の右隣りに座らされている魚町の、そのまた右隣りに寄り添っていた。
これを端から見れば、まるで大人と子供――いや、それ以上に巨人とピクシー{小妖精}ほどの体格差があった。
さらに魚町は、どうも下戸{げこ}のようでもいた。先ほどから村人たちが交代でお酒を勧めてくれるのだが、そのたびに申し訳なさそうな顔を連発。お猪口にほんの少し口を付ける程度でごまかしていた。
もっとも魚町の場合、大盛りのどんぶりが、お猪口の代わりとなるのだけれど。
逆に静香のほうは、とっくに酔いが回っていた。そこで、いきなり立ち上がっての宣誓をおっ始めた。
「ととどん! あたし、この場れ、ずえったいに言いたいがあるだにぃ!」
これには盛り上がっていた宴会の空気が、一気に鎮まったほど。どうやらお酒の力を借りて、なにもかも告白する気になったのだろうか。
村長も宴会料理に舌鼓していた手を止め、娘の突然な豹変に、しばし唖然となっていた。それから一時的絶句のあと、緊迫した面持ちで、娘に問い返した。
「……ど、どうしただぁ、静香……おまえ急になに言い出すつもりなんだべぇ?」
すぐに娘から返答が戻った。
「あたし! 進一さぁと結婚する!」
「ぶうううううううううううううっ! どうしただぁ、静香ぁ!」
村長だけではなく、宴に招待されている村人全員だった。口に含んでいた地元の造酒を、一斉に噴き出した。
ついでに魚町も、酒ではなく飲みかけていた緑茶を、激しく周囲にぶち撒けた。
「ぶぶうううううううううううううううっっっ!」
この勢いで五、六人が、いっぺんに吹き飛ばされたほど。
ところがこのようなパニック的状況など、まるでお構いなし。
「ととどん! あたし、進一さぁが心の底から好きになっちゃったんだべぇ! こんなかっこぶ人、あたし見たこどねえ! だからいいでしょ! お願い! あたしたちふたりの仲さ許してえ!」
「静香……おめえ、そこまで……♐」
もはや酔いも迷いも完全に吹き飛ばし、必死の懇願で迫る愛娘を前にして、村長は腕を組んで黙り込んだ。
確かに魚町は好青年だ。山賊退治を依頼して村に来てもらい、見事に仕事を果たしてくれた。
出会って間もないが、非の打ちどころなど、まったく見当たらない。それでも唯一難題をふっかけるとすれば、常識外れな身長だけだろう。
「ととどん! 返事して! もしかしてバードマンと人間の結婚さ認めねえなんで、古臭いこと考えてんじゃないでしょうねえ!」
「い、いや……そんただことはねえ……☁」
娘からの叱責に、村長は頭を横に振った。
今どきの世間において異種族間での婚姻など、別に禁忌でもなんでもない。現に村長の妻――静香の母――はふつうの人間。話をすれば物語になるが、静香の両親もまた、種族の壁を乗り越え、駆け落ち同然に将来を誓い合った仲である。従って、ここではやはり、いきなり『お嬢さんをぼくにください✌』と宣告された、『花嫁の父の苦悩』が正しいと言えるだろう。
ちなみに魚町自身は――まだなにも言っていない。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |