『剣遊記X』 第一章 天才魔術師の憂鬱。 (10) 魚町の戦闘斧が、巨大な岩石をバキッッと、粉々に打ち砕いた。
「ひ、ひえええええええええっ!」
そんな恐ろしい光景を見せつけられたためだろう。山賊の親分である矢守根{やもりね}が、腰を抜かして失禁した。
「わ、わ、わ、わがっだぁーーっ! まぁず降参すんべぇ! いや、しますぅーーっ! だがら殺さないでくでぇーーっ!」
「よし、本当やね☆ やったら武器ば捨てんしゃい☟」
「ははははいですっ!」
魚町から命じられたとおり、矢守根が手持ちの山刀をためらわず、谷の底へと投げ捨てた。
他に七人いる手下どもも、とっくの昔に武装は放棄で戦意も喪失。戦う以前から、魚町の常識外れな巨体を目の当たりにして、早々に白旗を決め込んでいた。
「じゃあ、村まで行こうかね☀」
「は、はい!」
別に御用のお縄で縛られているわけでもなし。しかしそれでも、山賊たちは従順な姿勢で、魚町のうしろに付き従う態度に徹していた。なぜなら圧倒的な魚町の体格と、その体から生み出される破壊力の凄まじさに、反抗心が一兵残らず退散しているからだ。
「おっと♐」
武装解除をさせた山賊たちを今度は前に引き立て、彼らをうしろから見張りながら、麓の村まで下りようとした魚町であった。ところが突然、この場にて足を停めた。
現場は某深山の奥地。周囲を膨大な森林に囲まれた山中での出来事だった。
「へっ? 兄{あに}さん、どういたしましたがね?」
あまりにも見事に敗北したので、早くも負け犬根性丸出し。それどころか慕う気持ちさえ胸に抱き始めた矢守根が、背後の魚町に振り返った。すると巨漢の戦士が満面に柔和な笑みを浮かべ、たった今まで戦っていた山賊を相手に、優しく応じて返した。
「みんな、気ぃつけるっちゃよ♡ 道んあちこちに小さい花が咲いとうけ♡ 踏んだら可哀想ばい♥」
「はあ?」
言われてみれば確かに、山道の所々に山野草の類が、白や黄色の花を咲かせていた。山賊たちにとってふだんなら、まったく気にも留めない光景だった。
これに山賊たちが口をあんぐりと開いたのは、まあ当然の振る舞いであろう。そこへまた突然、空の上から黄色くて甲高い声が響き渡った。
「進一さぁーーっ! すてきっさぁーーっ♡」
純白の翼をバサバサと羽ばたかせ、いきなりバードマンの少女――静香が飛来した。
「うわあっ! 静香さん! 危ないけここには来たらいけんっち言うとったとでしょうにぃ!」
この奇襲には、魚町が仰天する暇もなし。また山賊たちが見ている状況もお構いなし。静香が急降下で魚町に飛びつき、大きな顔にキス(^ε^)-☆Chu!!を連発した。
それこそ、チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、チュッ(^ε^)-☆Chu!!――と。
「ちょ、ちょっと駄目ですばい! 静香さん! 村長の娘さんが、そげなはしたなか真似ばしたらあ!」
「あん♡ 静香さんだなんでぇ、よそよそしゅう言っちゃいやん♡ 静香って呼び捨てにしてん♡」
「そ、それにぃ、山賊の皆さんかて見てますっちゃよぉ!」
「いえ、兄さん♥ あっしらのことなら、どうぞお気にならねえで♥ なんもなんじゃねえですから♥」
慌てふためく魚町に、親分の矢守根がわざわざ、気の利いたセリフまで言ってくれる始末。
見れば手下の山賊全員、ニヤニヤとした含み笑いの顔付き。これではさすがの強力戦士も、見事に面目丸潰れとなる場面。
ちなみにバードマンの少女――石峰静香{いしみね しずか}の身長は、魚町の腰にも及んでいなかった。もっともこれは、決して静香の背が低いわけではないのだ(むしろ、この年代では平均的)。
単純に魚町が大き過ぎなのである。
だから静香は魚町の右肩に乗って、広い面積のほっぺたに、抱擁(^ε^)-☆Chu!!を連発する格好となっていた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |