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『剣遊記\』

第五章 瀬戸内海敵前上陸戦!

     (2)

「……みんな、戻ってきたけ?」

 

 続いて船の上から聞こえた声は、帆柱先輩のモノだった。しかし先輩もなぜだか息を潜め、辺りの様子をうかがっている感じでいた。

 

 これはやはり、現在なにかが海上で起こっている状況なのであろうか。

 

「よし、みんな声ば出さんで、船に上がりや☝」

 

「は……はい……♋」

 

 先輩からの指示を受け、このときになって孝治は気がついた。漁船は完全に灯火を消し、周囲の暗闇の中に、その船影を溶け込ませていた。

 

 それでもつい先ほどまで深くて暗い海の底にいて、瞳が闇に慣れているおかげであろう。孝治には船の様子が、まるで手に取るようにわかって見えていた。逆にこれが、もしも闇に慣れていなければ、孝治は船を見失っていたかもしれない。

 

「……先輩、なんがありよんですか?」

 

 孝治は帆柱に、消燈の理由を尋ねてみた。すると帆柱は、海面から目をそらすようにして答えてくれた。

 

「一応予測ばしちょったんやが……海賊のやつら、船ば出して俺たちの捜索に出やがったっちゃね☠ そんときは俺も油断したっちゃが、ご老人のとっさの判断で灯りば全部消したんで、今んところはまだ見つかっとらんけどな……どげんでもよかっちゃが、早よ服ば着てくれんね! そんまんまじゃ説明もできんばい☠」

 

「うわっち! す、すいましぇん!」

 

 帆柱がなぜ自分の後輩に顔を向けないのかと言えば、それは乗船した孝治は今も裸のままで(いつまでこんなしょーもないことを書けばいいのだろうか?)、漁船の甲板に上がったからだ。これではたとえ闇夜といっても、孝治の白い裸身が、薄ボンヤリと浮かんで見えている状態である。

 

「す、すぐ服ば着ます!」

 

 これほどに重大なる事態。言われてから気づく孝治は、そーとーにぶかった。だが、さらに付け加えるべき、重要事態があったのだ。

 

「服もそうっちゃけど、いつまで美奈子さんばかかえちょる気? さっきから息ばできんで苦しそうっちゃよ☢」

 

「へっ? う、うわっち! ご、ごめん!」

 

 海上から船に戻った友美の指摘も、孝治はついでに受ける始末となった。なぜなら孝治は、自分が海の中にいたときからかかえているモノに、このときになってようやく気がついたからだ。そのモノとは、漁船に上がってからも孝治は、錦鯉こと美奈子を左の小脇で、しっかりと抱いたままでいた。

 

 魚に変身中はエラ呼吸しかできないので、美奈子の錦鯉は、今やグッタリの状態。それも文字どおり手も足も出せず――もともとヒレしかないか――もはやもがくことやあがくことさえも、覚束ない有様となっていた。

 

「うわっち! ご、ごめん! もう戻ってよかっちゃよ!」

 

 孝治は慌てて、甲板上に錦鯉を、そっと下ろした。それから今になって思い返すのだが、孝治はいつから美奈子を抱えて巨大ダコと戦っていたのか。その辺りの記憶が、どうしても思い出せない心境になっていた。

 

「……な、なんでやろっか? なしてこげんことになるとやろっかねぇ……?」

 

「ああん☂ 美奈子ちゃぁぁぁん☂ 死なないでくださいですうぅぅぅ☂」

 

 すぐに千夏が、もろ泣き顔😭で美奈子の元に駆け寄った。

 

「大丈夫や! 師匠がこんくらいで死ぬはずあらへんで♠♣」

 

 姉の千秋はこの期に及んでも冷静さを保っていた。するとまさに、そのとおり。コイの魚体が淡くて青い光を放ちだし、全員注視の中で、元の姿へと還元された。

 

 つまりが孝治と同じ。まったくの全裸でいる美奈子の姿に。

 

 その美奈子は裸で甲板にうずくまったまま、しばらくあえいでいる状態でいた。やはり酸素欠乏で苦しんでいたのだろう。しかしそれでも、恨み言のひとつも忘れていなかった。

 

「あ〜〜、うち、さすがに死ぬかと思ったやおまへんか☠ 孝治はん、この仕打ち、一生覚えときますさかいにな♨」

 

「うわっち! それは誤解っちゃよ!」

 

 孝治は慌てて、頭を左右にブルブルと振った。あとの頭痛は、もはや慣れっこだった。そんな彼女たち(?)に向かって、帆柱からの切羽詰まり気味である叱責が飛んできた。

 

「おまえら、早よ服ば着ろっちゅうとろうがぁ! ここは俺も入れて、三人も男がおるんやけなぁ!」


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