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『剣遊記\』

第五章 瀬戸内海敵前上陸戦!

     (3)

 漁船は静かに音を立てないよう、海賊の捜索船を逆追跡していた。

 

 これは舵を握る老漁夫の提案を、帆柱が受け入れた策であった。その策とは、こちらが島に帰る海賊船を、こっそりと追う作戦なのだ。

 

「ほんまええ水先案内人じゃな☆ あいつらがわがではなんも知らんと先におったら、海賊どもわがらを黙って島まで連れてってくれるげな☻」

 

 ここで得意そうな感じでしゃべる老漁夫に、左横にいる帆柱が、慎重そうな口振りで声をかけた。あまり大っぴらに直立ができないので(立ち上がると海上で目立つ)、馬脚を曲げて、甲板にひざまずいている体勢になって。

 

「それはよかっちゃが、やつらはこん船に気づかんとか?」

 

 帆柱の問いに、老漁夫は自信満々の態度を見せてくれた。

 

「そんなあずる(香川弁で『苦労』)は要らんきに☆ こちらは潮の流れに乗って進むだけじゃきに、帆も風を受けられる最小限度しか張ってないきん☻ あいつらみたいに総出で櫂{かい}を漕いどるわけやないから、音は静かなもんじゃな☺」

 

「だと、いいっちゃけどねぇ……☁」

 

 卓越した戦士の目を持つと言われる帆柱の前方には、船首で角燈を光らせる何隻もの小船の群れが見えているのだろう。無論、孝治も同じ光景を眼前にしていた。しかも、それぞれ一隻ずつに何人乗っているかまではわからないが、流れてくる風に乗って、櫂を漕ぐ男たちの荒い息づかいが、なんだかこちらまで聞こえてくるかのようだった。

 

 その海賊船の集団と、孝治たちの乗っている漁船の距離は、目測でもかなり離れていた。これならば海賊が角燈{ランタン}で一斉に後方を照らさない限り、こちらが発見される可能性は、確かに低いだろうと思われた。

 

「……とにかく、海んこつはご老人にお任せするっちゃけ♐ やけんあいつらば見失わんよう、しっかり追跡ば頼むっちゃけね⚔」

 

「任せてごんな☻」

 

 老漁夫の返事を、帆柱は今ひとつ煮え切らないような顔付きで受け流していた。それから帆柱が舵から甲板に目線を変えたとき、孝治はその前で立ち尽くした。

 

 もちろんすでに、着衣済みの格好で。

 

 それからふたりの視線が重なり合うなり、孝治は開口一番、帆柱に頭を下げた。

 

「先輩……すんましぇん!」

 

「どげんしたや? 孝治」

 

 孝治は声を低めにして、目を丸くしている先輩に応えた。

 

「おれ……先輩から借りた大事な短剣ば、海ん底でなくしちゃったとです……☂」

 

 孝治は『なくした』と言ったが、理由はハッキリしていた。巨大ダコとの死闘の際、孝治はタコの眼に短剣をグサリと突き刺し、そのあとどうなったかを、もはや覚えていないのだ。

 

 無論生きるか死ぬかの瀬戸際のあとで、のんびり短剣の回収など、行なえるはずがなかった。だけど、ここはやはりひと言でも謝っておかないと、自分自身の気が済まない心境だった。

 

「なんや、そげんことね☀」

 

 巨大ダコとの遭遇は、帆柱にもすでに説明していた。そのためだろうか。ケンタウロスの先輩は、孝治の頭を右手で軽くポンと抑えるだけ。あとは快活に笑って返してくれた。

 

「そげなときんために、俺はおまえに短剣ば貸したんやけ★ むしろ役に立つ機会があって、そんほうが俺はうれしかっちゃぞ☺」

 

 先輩の気づかいたっぷりな言葉で、孝治は猛烈に感激した。

 

(やっぱし尊敬するんやったら、帆柱先輩っちゃねぇ〜〜☺ どっかの黒メガネ😎野郎の先輩とは、ドエラい違いっちゃよ☻☠)

 

 うれしいついで、こんなときでもつい帆柱先輩と、例のサングラスの先輩を、比べてしまう孝治であった。


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