『剣遊記\』 第五章 瀬戸内海敵前上陸戦! (14) 「なんやぁ! 城野博美{じょうの ひろみ}やあらへんやないかぁ!」
孝治をひと目見るなり、そのように叫んだ馬図亀の顔は、明らかに安堵の色が満ちあふれていた。
「『じょうのひろみ』って誰ねぇ?」
孝治は一応訊き返したものの、その名前はずっと以前、いつかどっかで聞いたような覚えがあるっちゃねぇ――そんな気がした。
いったい、いつ。どこで。誰から教えられたのか。残念ながら、今はそれをゆっくりと思い出している場合ではなかった。
つい困惑してしまう孝治に、馬図亀のほうが親切に解説してくれた。
「俺を沖縄でこっぴでえ目に遭わせてくれた女んことやぁ! それが違うとわかったんやから、あとはこっちのもんやでぇ!」
「そげなん、おれが知るわけなかろうもぉ!」
「じゃかぁーーしぃーーわぁーーい!」
海賊の親分は、いったいなにをそんなにムキになっているのか。孝治にはまったくわからなかった。しかし孝治の文句など、全然聞く耳持たず。馬図亀の大剣にはよけいなぐらいに、怒りと復讐心が感じられた。そのためか、孝治の中型剣と馬図亀の大剣が、カッキーーンとドデカい火花を散らしてぶつかり合った。
「おれかて半魚人と剣ば交えるなんち初めてっちゃあ!」
馬図亀の魚臭い口臭に閉口しつつも、孝治は海賊首領の眼を、ギラリとにらみつけてやった。すると馬図亀も、アイパッチではない左目で、孝治をにらみ返してきた。
「アホんだらぁーーっ! 城野博美の真似して俺たちを脅かしくさったくせにやなぁーーっ!」
「やきー、そげなん知らんちゅうとぉ!」
そんな風で、剣を交えながらにらみ合う孝治と馬図亀の右脇の地面が、いきなりボワンッと、爆煙を噴き上げた。
「うわっち! こりゃ『火炎弾』ばぁーい!」
「げえっ! な、なんやとぉーーっ!」
慌ててふたりは、爆発現場から飛び離れた。
「孝治ぃーーっ!」
魔術で火炎弾を放った者は友美であった。
「危なかったぁ! 危機一髪やったやなかねぇ!」
浜の漁船で待機をしていた友美であったが、どうやらとうとう我慢ができず、戦闘現場まで『浮遊』の術で飛んできたようだ。こうなると当然、涼子もいっしょにいた。
『孝治ぃーーっ! 友美ちゃんが言うとおり、ほんなこつ危なかったんやけねぇ!☻☻』
「危なかったっつってもねぇーーっ!」
馬図亀の剣からは離れられたものの、孝治は友美に言いたい文句が、山ほど出来上がった。
「一歩間違えりゃ、おれまでが黒コゲやったんばい!」
「だって孝治がピンチやったんやもん!」
『そげなことより、海賊の親分が逃げようっちゃよ!』
「うわっち!」
「あっ!」
涼子が右手で指を差す方向に、孝治と友美は言われるがままに瞳を向けた。三人の目線の先では、馬図亀が五人の子分に大きな体を支えられ、ほうほうの体で洞窟の奥へと逃げ込んでいるところだった。
馬図亀は逃げながら、孝治たちに捨てゼリフを残していった。
「クソアホんだらアホんだらどもがぁ! こうなりゃ俺の可愛い『あいつ』を海に放しちゃるわぁーーっ!」 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |