前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記14』

第三章 行け行け! 荒生田和志探検隊。

     (31)

 そこへ恒例だった。

 

「孝治ぃーーっ!」

 

 予測どおりに復活を果たした荒生田が、いきなり背後から孝治に飛びかかった。

 

「うわっち!」

 

 今や手慣れた感じで、孝治は再び荒生田の顔面に、右足での回し蹴りをドカチンと喰らわせてやった。

 

「ったく、凝りん先輩っちゃねぇ♨」

 

 いつもどおりで孝治は吐き捨てた。ところが――であった。

 

「ゆおーーっし! 孝治もこれにて完全復活っちゃね♥」

 

 なんとたった今回し蹴りを喰らったばかりである荒生田が、わずか一行の間で、孝治の右横に立っていた。

 

 後輩――孝治の右肩を、ポンポンと軽く左手で叩きながらで。

 

 孝治は内心のムカムカをなんとか抑えつつ、サングラスの先輩に言ってやった。

 

「毎度毎度、いっちょも学習せんで、ようおれば追っ駆けてくれますっちゃねぇ☠ その先輩のスケベエネルギーば、なんとかして平和利用できんもんでしょうかねぇ☁☀ 例えばあそこに立っちょう日明さんみたいに、変人そうで実はけっこうええ変人みたいにやね☞」

 

 池田湖の湖畔で並ぶ孝治と荒生田の前方では、日明と徹哉がそろって、湖面に目を向けていた。

 

 徹哉がランニングシャツとトランクス姿なのが滑稽であるが(孝治のせい)、日明は一見して大真面目そうな顔。いやむしろ、なにかに取り憑かれているような感じで、ジッとそのまま。姿勢を一ミリたりとも変えようとはしなかった。

 

「ほんと、ほんなこつなん見よんやろっか?」

 

 裕志の黒衣をしっかりと着込んでいる友美も、孝治の左横から、日明たちのうしろ姿を見つめていた。

 

『やっぱ、なんちゅうか、あげんしとったら、いかにも科学者っちゅう雰囲気がいっぱいっちゃねぇ まあ自称なんやけどね

 

 友美の頭上では今も発光球スタイルでいる涼子が、周囲を照らしながらで小さくささやいていた。現在彼女がどのような表情をしているのかは、相変わらずわからなかった。だけどたぶん、友美とおんなじように疑問ば浮かべちょる感じで、日明さんと徹哉ば眺めよるんやろうねぇ――と、孝治は思った。

 

「はぁーーっくしょん!」

 

 友美のうしろでは、黒衣を取られてシャツとブリーフ姿になっている裕志が、派手なくしゃみをブチかましていた。

 

 これは無視。それよりも気になる、日明と徹哉であった。

 

「日明さん、なんしよんね?」

 

 孝治は思い切って荒生田から離れ、日明にうしろから声をかけてみた。日明は視線を湖に向けたまま、右手を上げて人差し指で前方を指差した。

 

「これはあすんどる暇などにゃーと言うもんだがねぇ☛ いらんこと言わんとええころかげんに、湖の真ん中を見てみい、えれぁあもんが出ようとしてるとこだぐぁねぇ☆ 孝治クンもでら驚いてみらんかえぇ☀」

 

「湖の真ん中ぁ?」

 

 早口の名古屋弁では、はっきり言って聞き取りにくかった。それでも孝治は、なんとかわかる部分だけに従って、池田湖の中心のほうに瞳を向けてみた。

 

 湖面がなにやらジャバジャバと、奇妙な波の立て方をしていた。

 

「うわっち!」

 

 たった今、海底で恐ろしい目に遭ってきたばかりなのだ。孝治は先ほどの恐怖が、脳味噌全体に渡ってよみがえってきた。そのために自分の長い黒髪が、一斉に天に向かって逆立つような気持ちにもなっていた。

 

「ま、まさか、あのタコワニけぇ! まさか池田湖から出るなんちぃ!」

 

 孝治の悲鳴は、まさに正解だった。池田湖の湖面を割ってジャバアーーンと現われた怪物は、孝治と友美と涼子の三人で遭遇した、あのタコワニモンスターであったのだ。

 

 グガアアアアアアアアアアアアアアッ!


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2016 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system