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『剣遊記14』

第三章 行け行け! 荒生田和志探検隊。

     (18)

 呪文はすぐに終了した。

 

「これで大丈夫っちゃね♡」

 

「ほんなこつすっごく簡単っちゃねぇ♋ 外から見たかて、変化っちゅうもんがいっちょも感じられんとやけど♋」

 

 本当に一体どこが大丈夫なのやら。呆気なく宣言された魔術の完了で、孝治はこれまた拍子抜けの思いを、今や顔にも態度にも隠せなくなっていた。

 

 それはとにかくとして、いよいよ地底湖の水中探索と相成った。

 

「じゃ、じゃあ……行くばい♋」

 

 完全に覚悟を決めている孝治は、すでに完全真っ裸の格好(友美の呪文中に脱ぎ終わった)。愛用の中型剣も置いて行かなければならないので、究極の無防備スタイルの典型だった。

 

 おまけに友美による水中呼吸の術も完了済み。これはずっと前にかけてもらった経験があるので、今さら恐い思いなど、微塵も感じなかった。

 

 その孝治のうしろからは、やはり一糸もまとっていない友美が、たぶん恐る恐るの足付きで付き従っていた。

 

「う、うん……気ぃつけるっちゃよ♋ 孝治……♋」

 

 『たぶん』と思う理由は、孝治は友美に気をつかって自分の背後に下らせ、一切うしろを振り向かないようにしているからだ。

 

 涼子の発する霊光のおかげで、周囲が昼間のようによく見える状況下であるのだから、なおさら――と言ったところか。そのため今までに味わった覚えのないドキドキ感ながら、孝治はまず右足から、水に一歩踏み入れた。水中呼吸の術には適応の要素も混じっているので、水温を特に冷たいとは感じなかった。そのままさらにジャブジャブと、全身を水に浸けていった。

 

「ん? 友美は……?」

 

 ここまでくるとさすがに気になって、悪かやろっか?――と思いつつ、孝治はうしろに振り返った。

 

「わたしなら大丈夫

 

 友美は孝治よりも早く、頭だけを水上に浮かべていた。つまり首から下は、完全に水の中。

 

 その友美が言った。

 

「今からわたしも、前に美奈子さんがやったみたいに変身するけ✍✌ 孝治と涼子やったら、ずっと見とってよかっちゃけね✍」

 

「変身魔術……あれけぇ☻ それば聞くと、ひさしぶりやねぇ✍」

 

 孝治は改めて思い直した。ずっと前にあった、今と同じようなシチュエーションのとき、真っ裸になって海底に潜った孝治に続いて美奈子はなんと、魚に変身して海底探査に同行してくれたのだ。

 

 しかもあのとき美奈子は、海が舞台なのに淡水魚の錦鯉に変身するという、まるであまのじゃくのような変わりよう――と言うかひねくれっぷり。だからもう、違和感あるわあるわな話の展開となったものだ。

 

『……友美ちゃんの変身魔術っち、あたしも初めて見るっちゃね✍ 一体どげなもんやろっか?』

 

 発光球から相変わらず興味丸出しの声を発する涼子だが、その思いであれば、孝治も共通だった。

 

「いや、実はおれかて初めてっちゃよ✐ でもまさか、一応水中なんやけ魚に変身するっち思うっちゃけど、美奈子さんみたいに場違いな鯉に変身したりせんやろうねぇ

 

「実はわたしも、初めはその線で考えてみたっちゃけどね☻」

 

 まだ呪文を始めていない友美が、水中に体を浸けた頭だけの格好で、舌をペロリと出してくれた。

 

「でもやっぱ、海の魚で行くことにしたっちゃけ☝ そこんとこは安心してええっちゃよ✌」

 

「そ、そうけ……

 

 孝治は一応納得した。まあよくよく考えてみれば、人間が変身して魚になるのであれば、別に淡水魚だろうと海水魚だろうと、あまり支障は起こらないはず。だけどそこはやっぱり、気分と常識の問題であろうか。

 

 それからとにかく、友美が呪文の詠唱を開始した。右手に持ったコンパクトの鏡に、自分の顔を映しながらで。また友美の言うとおりの初めての魔術なので、孝治の耳にはこれまた初お披露目の呪文でもあった。


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