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『剣遊記11』

第三章 旅の恋は一途。

     (9)

(こん奥の風呂場には……先輩と沙織さんだけけぇ……☁)

 

 孝治はゴクリとツバを飲んだ。

 

 目前にある浴室の入り口には、しっかりと木造の扉が閉められていた。だから脱衣場から中の様子までは、まったくわからなかった。ただときどき、大浴場特有の反響音{カポーン}だけが、浴室内が湯気で充満している情景を連想させてくれた。

 

『あたし、中ん様子ば見てくるっちゃ☆』

 

 すぐに涼子が、扉をすり抜けた。

 

「うわっち! お、おい!」

 

「孝治っ! しっ!」

 

 孝治と友美は泰子と浩子の前で、つい慌てる素振りを見せてしまった。だけど幸い。ふたりとも関心は浴場のほうに向いていて、孝治と友美には一度も振り向かなかった。

 

 今はとにかく、変に思われてもまずいところ。孝治と友美は、そろって口を噤{つぐ}むようにした。

 

「ここまで来たっちゃけどぉ……どげんする?」

 

 涼子はともかく、我ながらいかにも自信のない気持ちで、孝治は友美に尋ねてみた。しかし尋ねられた友美のほうも、これは困りものの状況であるらしかった。

 

「どげんもなんもぉ……もうどげんもできんとちゃう?」

 

 ここまで来て今さらの感もあるのだが、孝治も友美も、この先の展開に対する対応の仕方――つまりは心構えを、実はまったく考えていなかったのだ。

 

 実際、涼子からの報せを聞いて初めは驚いたものの、けっきょく孝治と友美の足を浴場まで運ばせた原動力は、帆柱と沙織の成り行きが見たい――というだけの、言うなればただの興味本位と野次馬根性が主力であった。

 

「……ここまで来て言うんもなんやけどぉ……先輩も沙織さんも子供やなかっちゃけ、もうほっといたほうがええんとちゃう?」

 

「……そうっちゃねぇ……☁」

 

 孝治も友美の言葉にうなずいた。

 

 (おもしろそうな)展開を、お終いまで拝見したい願望はあった。だけどやはり、先輩の怒りを買うようなことも恐ろしかった。ここは真面目な友美の忠告に従い、これ以上の深入りは避けたほうが賢明であろう。孝治は浴場に背中を向け、引き返す決心をした。でもってこのあとは、浴場に潜入を果たした涼子から、中の様子を聞けば良いだけの話であるから。

 

「みんな、戻るっちゃよ☀ 中におるんは大人同士なんやけ、覗きはやっぱ良くなかっちゃよ♠」

 

 扉にそれぞれ聞き耳を立てている泰子と浩子に、孝治は自分でもなんだか偉そうやねぇ――と思いつつ、小さな声で言ってやった。

 

 ところが――であった。

 

「あんが待ってぇ☛ あじしたか知らんけど、なんか変な声がするじゃんかよぉー☞」

 

 ハーピー族は、空を飛べるからであろう。そのおかげで聴覚も発達していると言う浩子が、急に妙な状況を言い始めた。

 

「うわっち?」

 

 すぐに前言撤回。孝治も扉に右耳を当てた。その結果、中から本当に変な声が聞こえてきた。

 

「あぁぁ……そこそこ……いい気持ちだわぁ……♪」

 

「どげんやぁ! これでええっちゃねぇ!」

 

 いったいどのような体位を取っているのやら。皆目見当もつかなかった。それでも明らかに快感で喘{あえ}いでいる感じの沙織と、攻め立てている帆柱の、野太い声が響いていた。

 

「うわっち! 先輩、とうとう一線踏み越えちまったっちゃよぉ!」


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