『剣遊記11』 第三章 旅の恋は一途。 (7) それからしばらく経って、ガラッと浴場の扉の開く音がした。
「おっ、来たっちゃね☀」
帆柱は初め、早くも折尾の部下――場那個と雨森が街から戻り、入浴に来たのだろうと考えた。
その他に男性陣と言えば折尾と――もうひとり『あれ』しかいないが、現在女性の身である『あれ』は、帆柱との同時入浴は不可能であろう。
「そげん言うたらここは混浴やったが、孝治はいつ風呂に入る気なんやろうなぁ?」
一応気には懸けているのだが、いくら可愛い後輩であっても、お風呂の面倒までは見切れない。そんな思いで、帆柱は浴場の扉に振り返った。ふつうの男たち――場那個か雨森だろう――に顔を向けるつもりで。
「ぎょっ! 沙織さんやなかですかぁ!」
「お待たせしましたわ♡ 帆柱さん♡」
扉の前にいた者は、場那個たちではなかった。なんと胸から腰にかけてピンク色のバスタオルで身を巻いた沙織が、ただひとりで立っていた。
その沙織が口元に妖しげな微笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りで、湯船のほうに歩いてきた。誰も『待って』などしていなかったのだが。
「わたしもごいっしょさせていただいてよろしいでしょうか? 帆柱さん♡」
それはとにかく、胸から腰まで一応隠しているとは言え、その下にはなにも身に付けていない様子が明白。硬派で名を売っている帆柱も、これでは決定的に顔を赤らめる事態となった。それでも鼻血まで噴き出すに至らないところが、後輩である孝治や裕志たちよりも、遥かに強靭な意思を示しているであろう。
けれど、やはり帆柱にも限界があった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれませんね、沙織さん!」
ここが混浴OKの浴場であることも忘れ(そんな問題ではないか)、帆柱は大慌てで湯船から、バッシャアアアアアアンンと飛び上がろうとした。
しかし帆柱が上がると、あとの湯船にはお湯が半分以下しか残っていなかった。だけど沙織はそんなお風呂の空焚き状態など、一向にお構いなしの感じでいた。
「ま、まあ、いいじゃありませんかぁ♡ ここは混浴ですので、わたしとあなたがいっしょに入っても、なんの問題もないことですよ♡」
「い、いや! その、別ん問題がぁ!」
なにがいったい『別ん問題』なのやら。ここではあえて触れないようにする。とにかく沙織からの妖しい誘惑を振り切るようにして、強引にでも浴場から出るっちゃあ――あるいは逃げ出そうと、帆柱は動揺の極致となっていた。そのような、らしくない帆柱の馬体になんと、沙織がピョコンと、ひと息で飛び乗ったではないか。
「うわあーーっ!」
これは帆柱が上げた、驚きの声。とにかく繊細そうな外見にはまったく似合わず、沙織は意外と、運動神経が発達していたのだ。
「ふふっ♡ これくらいのこと、わたしには簡単なことですのよ♡」
しかも今の沙織は明らかに、調子が格段に乗っていた。ただ、帆柱の馬の背中に飛び乗ったとき、体に巻いていたバスタオルが、はらりと下のタイルに落ちてもいた。
「あら? いっけない♠」
「わわぁーーっ!」
帆柱は慌てて目を背けようとしたが、すぐに少しだけ、安心の気分になった。なぜなら予想とは裏腹に――いや、むしろ不幸中の幸い的事態だった。沙織は完全な裸ではなかったのだ。
積極的攻勢に出てきたとはいえ、やはり恥じらいも少々はあったようだ。沙織はしっかりと、下着を上下ともに着用の身(ブラジャーとパンティー。色は白)でいた。しかし見ようによってはこのほうが真っ裸でいるよりも、遥かに魅力的とも言えたりして。
それでももはや、熟練戦士としての威厳も面子も台無し。
「ちょ、ちょっとぉ! 沙織さぁん! ここはお風呂場なんですから、服着て入っちゃいかんとですよぉ!」
帆柱がトンチンカンな雄叫びを上げた。だけども沙織は沙織で、初めっから行き着くところまで行き着くつもりでいたようだ。
「帆柱さんの背中の毛並みって、やわらかぁ〜〜い♡♡」
背中にしっかりと乗ったまま、うっとりとした感じの面持ち。帆柱の背中に、自分の身を絡ませたりしていた。
「こ、困りますっちゃよぉ、沙織さぁ〜〜ん☢☂」
背中に跨る沙織を振り落とすわけにもいかず、逆に直接伝わってくる、美女の胸と素肌の感触。この重圧は世界のどのような拷問すらも、足元にひれ伏すであろうド迫力があった。
けっきょく、哀れケンタウロスの戦士は、浴場にてオタオタするばかり。これは孝治たち後輩連には絶対に見せられない、カッコ悪い姿のご披露でもあった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |