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『剣遊記11』

第三章 旅の恋は一途。

     (6)

 琵琶湖の周辺は一大観光地なだけあって、いつも多くの旅行者でにぎわっていた。そのため宿屋の浴場も、大型の施設が整えられている建物が多かった。

 

「ふぅーーっ☆ きょうも疲れたばぁい♣♠」

 

 体格の大きいケンタウロスの帆柱は、その大型浴場がまだ空いている夕方のうちに、早くも入浴としゃれ込んでいた。しかしいかに大型といえど、体の半分が馬である帆柱が入れば、たちまちひとりで満員御礼の状態ともなっていた。

 

「ん……少しぬるいか?」

 

 なにしろ帆柱の巨大な馬体が湯船に少々浸かる程度で、ザバアアアアアアッと大量のお湯があふれ出す始末。もちろん帆柱は風呂に入る前、鎧や上着の類をすべて、脱衣場で脱いでいた。そのためここから先が、ふつうの人間とは異なる要素。下半身の馬の部分もケンタウロス用の鎧を外し、地のままの姿だったりする。

 

 要するに、一般の馬と同じ状態。

 

 つまり――表現が少々下品になって大変申し訳ないのだが、言うなればケンタウロスにとっての、まさにフ○チ○状態であるわけ。もっとも世間一般ではケンタウロスもふつうに街で見かける種族なので、このことをわざわざ御丁寧にご注進してあげる物好き――もしくは馬鹿者などいなかった(余談なのだが、『馬鹿』の字に『馬』の漢字が使われていることを、ケンタウロス一族はいったいどのように考えているのだろうか)。

 

 それらはさて置き、帆柱は四本の馬脚を折り曲げ、腰と言える部分まで湯に浸かりながら両腕を組み、ジッと瞑目を続けていた。

 

 時折、彼の口からこぼれ出る言葉は、やはり仕事絡みの内容だった。

 

「……山に入り……そこでグリフォンば野に放す✄ 今回の仕事でいっちゃんむずかしゅうて危ないのは、やっぱこんときやろうねぇ……山賊どもが金になるグリフォンば狙う、いっちゃん絶好のチャンスやけんねぇ……☠」

 

 肩まで湯に浸かれないので、ときどき洗面器で体にお湯をかけながらでの瞑目であった。それでも一応、ひとり貸し切りの状態。従って今は、他に誰もいなかった。だけどもしも、なにも知らない他人が居合わせていたとしたら、帆柱が全身から発散している気迫に(恐らく無意識で)、きっと度肝を抜かれる有様となるであろう。

 

 そのような状況の自覚ゼロの中、帆柱は瞑目を続けていた。

 

「なんちゅうたかて、いっちゃん安心できんとは美奈子……さんやな☠ 俺の目ば持ってしたかて、彼女の本心ば見抜くことができんとやけ☠ 折尾にもこんことば伝えておかんといけんちゃねぇ……☁」

 

 その折尾は現在、牛車の繋留所に戻って、グリフォンの見張りを行なっていた。またこの任務はふたりの臨時雇いである部下たちや、帆柱と孝治も行なう予定になっていた。従って折尾本人の入浴は、これら四人の誰かと交代したときだった。

 

 ちなみにふたりの部下(場那個と雨森)は、現在酒を飲みに街へと出向いていた。


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