『剣遊記11』 第三章 旅の恋は一途。 (3) 山賊や密猟者どもからの襲撃を避けるため、キャラバン隊はあえて人通りの多い街道を進路に選んでいた。このために最も危険な状況は、グリフォンを野に放す直前、深山の奥に入ってからとなるであろう。
兵庫県からさらに四日間の日程をかけ、滋賀{しが}県に入ったキャラバン隊は、日本最大の湖――琵琶湖の湖畔――大津{おおつ}市で宿を取る段取りとなった。
「うっわあああああいっ♡ やっぱり琵琶湖さんはぁ、日本一大きなお池さんですうぅぅぅ♡♡」
「あのぉ……お池やのうて、湖なんやけどぉ……☁」
宿屋の二階の窓から眼前に広がる琵琶湖の風景を眺め、千夏が子供のようにはしゃいでいた。
まさに本当に子供そのもの。ちなみに姉の千秋は、現在大津の街に買い物へお出かけ中。その辺の事情は置いて、孝治は千夏を横から見つめていた。実際千夏の実年齢は十四歳(あくまでも本人申告)なのだが、中身は丸っきり子供なのだ。
「千夏ちゃんって、前にも琵琶湖ば見たことあると?」
同じ窓から琵琶湖を眺めている友美が、なにかおもしろそうな顔になって、千夏に尋ねていた。すると千夏はただでさえ騒がしいのに、さらににぎやかさの度合いを増した感じ。これで友美の問いに答えていた。
「はいはいはいぃぃぃっですうぅぅぅ☀ 美奈子ちゃんとぉ千秋ちゃんとぉ千夏ちゃん、ずうっと前さんにぃ琵琶湖さんでぇ、とってもぉとってもぉ大きなイカさん捕まえたことありましたですうぅぅぅ♡ だからぁ、このお池さんはぁ、美奈子ちゃんとぉ千秋ちゃんとぉ千夏ちゃんにとってぇ、とってもぉとってもぉ思い出深いお池さんなんですうぅぅぅ♡♡」
「やけん、お池やのうて湖っち言いよろうがぁ……ちょ、ちょっと、そん話待っちゃりや!」
孝治は瞳を真ん丸の思いにして、自分の思うところを一気にまくし立てた。
「なして淡水の湖にイカがおるっちゃねぇ? それに退治するほどの大イカやったら、それってクラーケン{海魔}級ってなもんやろうも! なしてそげなんが琵琶湖におるとやぁ!」
「そげな風に言うたら、そうっちゃねぇ〜〜?」
孝治の絶叫気味的な指摘で、友美も改めて疑問を感じたようだ。ところが当の千夏は、この程度のツッコミで怯むような根性など、決して持ち合わせてはいなかった。
「だってぇだってぇ、ほんとにイカさんいたんですうぅぅぅ♡ 美奈子ちゃんがぁイカさん退治してぇ、ここのぉ漁師さんたちぃ、とってもぉとってもぉ大喜びしてくれましたですうぅぅぅ♡」
「それほんなこつ?」
千夏ではまったく埒が明かないので、孝治は同じ部屋にいる、美奈子にも訊いてみた。
この話が事実だとすれば、本当に自慢話のはず。それなのに今までずっと黙っているままの美奈子は、それこそ顔色ひとつ変えず、終始冷静に答えてくれた。それはこの場で初めての発言でもあった。
「ほんまものことどすえ♠ もうずっとぎょーさん昔の話になりまんのやけど、確かにうちはここ琵琶湖で、でっついイカ……孝治はんがおっしゃるとおり、クラーケンと言ってもええって思いまんなぁ✌ そないクラーケンを退治しましたんやでぇ✌」
美奈子は窓の外の景色にも、なんだか無関心な素振り。部屋に備え付けのソファーに腰掛け、どうでもよさそうに朴訥と述べるだけでいた。その仕草が孝治の癪に、とても障りまくるのだ。
「やけんねぇ、なして湖にそんクラーケンばおるとねぇ♐ いくら広かっちゅうたかて、ここは淡水やろうもぉ☞☞」
「そないなこと、知ったことやおまへんで♐♣ ほんまここにおりはったんどすから♤♢」
「知ったことやおまへん……っちゅうたかてねぇ……☁」
反論に窮して、孝治は言葉を詰まらせた。これではまるで詰問のしようもないので、今度は別方面から攻めるようにした。
「……で、そんクラーケンば、いったいどげんしたと? ほんなこつ退治したとやったら、なんか記録みたいなもんが残っとうもんやろ☝」
しかしこれにも美奈子は悪びれもせず、やはりぬけぬけと返してくれた。
「うちがあとで耳に入れたお話どすが、そのクラーケンは刺身にしはって、ここいらの漁師はんたちでお食べになったようでおまんなぁ♠ まあうちらは、退治の報酬さえもらいはったら、あとのことには一切関知せえへん主義なんでおますさかい♦」
『まっ、確かにイカん刺身ば美味しいっちゃねぇ♡』
ここでやはり、同じ部屋にいるのに今まで黙って成り行きを眺めていた涼子が、孝治相手に茶々を入れ、ついでに多少の蘊蓄も披露してくれた。
『この琵琶湖って、けっこう怪物伝説なんかが多いことでも有名なんちゃよ✍ 孝治は知らんかったと? そんでいっちゃん有名なんが、昔トカゲ型冷凍怪物と巨大ガメ{ジャイアント・トータス}がここ琵琶湖で戦こうて、カメんほうが勝ったって話もあるとやし、広島から逃げたホムンクルスの巨人が、ここで水泳ばしよったっちゅう話かて、生きてたときに読んだ本に書いちょったとばい✍✍』
「しゃ、しゃーーしぃーーったい!」
美奈子と千夏は(たぶん)ご存知ないであろうが、涼子ももちろん、初めから同じ部屋にいた。そのためだろう。幽霊の存在を知らない千夏が、いきなり天井を見上げて怒鳴り声を張り上げる孝治を、不思議そうな瞳で見つめていた。
「それ、誰さんに言ってんですかぁ?」
「な、なんでんなか!」
このヤバい事態に孝治は、顔面真っ赤の思いですっとぼけるしかなかった。ついでに友美までが、ハラハラドキドキの面持ちとなっていた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |