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『剣遊記11』

第三章 旅の恋は一途。

     (2)

 孝治の進んだあとだった。泰子の真上を旋回飛行していた浩子が、ちょこんと彼女の前の地上に舞い降りた。それからしばらく、女の子同士で弾む会話が続いたようだった。この他でも前述のとおり、美奈子は牛車から降りてこないし、千秋と千夏は歩きながらで、ロバの世話を行なっていた。さらに友美は一台目の牛車に乗り、毛布をかぶってしばしの眠りについていた。さすがに徒歩の疲れが出たのと、牛車のゆっくりとした速度(いわゆる牛歩)が、彼女を心地良い熟睡へと導いてくれたようである。

 

 ついでだが涼子は暇と退屈を持て余し、どこか遠くへと散策中。どこまで遠征をやらかしたかはわからないが、どうせ夕方にでもなれば、勝手に戻ってくるだろう。

 

 そんなこんなで、孝治の周囲には誰もなし。話し相手に困った孝治は、二台目の牛車を引いている、折尾の部下とやらに声をかけてみた。ちなみに牛は前から引っ張ってあげないと、自分から前進しようともしないのだ。

 

「ねえ、あんたさぁ♠」

 

「…………」

 

 しかし部下の男は、孝治になんの返事もしてくれなかった。

 

 孝治は二台目を引いている部下の名前が場那個{ばなこ}で、三台目が雨森{うもり}だとは聞いていた。ふたりは雇い主であるノールの折尾とは違って、一応はふつうの人間のようだった。

 

 ところがこのふたり、隊長である折尾以外、誰ともまったく口を開こうとはしなかった。それこそ孝治だけではなく、相手が帆柱や沙織であってさえも。

 

 それを承知で、孝治は場那個に話し続けた。

 

「なんの理由があってしゃべりとうないか知らんとやけどねぇ、こっちとしてはそーとー気分悪いっちゃよ☠ これって一応、忠告として言うとくちゃけどねぇ☠」

 

 もはや初めに言おうとしていた話の内容など、どこか遠くに消えていた。孝治自身も忘れるほどに。

 

「…………」

 

 それでもやはり、場那個は応えてくれなかった。折尾の最初の説明によれば、このふたりは臨時にキャラバン隊で雇い入れた、無職の風来坊だったという。だけどそれならそれで、採用のときの面接試験で、無愛想かどうかも見極めてほしいものである。

 

「一応言うだけ言うたっちゃけ、以上っちゃね☠ ばいばい☠」

 

「…………」

 

 やっぱ話しかけるんやなかったばい――そんな憤懣を胸に抱きつつ、孝治は腹立ちまぎれに、腰のベルトに装着している中型剣を抜いた。

 

「だあーーっ!」

 

 その剣を、虚空に向けて振り落とす。

 

 ムシャクシャしたストレスの解消法は、今現在のところ、これしかなかった。しかしこのとき孝治の胸には、『嫌{や}な野郎っちゃねぇ〜〜☠』の気持ちと同時、『怪しいやっちゃねぇ☛ ちょっと気ぃつけとこ☚』の気持ちも湧き上がっていた。

 

 これがのちほど、大いに後悔する結果となるわけだが。


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