『剣遊記11』 第三章 旅の恋は一途。 (1) 一応の覚悟はしていたつもり。それでもさすがに、牛の歩みはのろかった。
中間地点である近畿地方の兵庫県まで到る行程に、なんと二週間も要してしまうとは。
これが人の足だけならば、とっくに東の帝都――東京まで到達していても間違いのない日数を、山陽道だけで費やした計算となるわけ。
もっとも牛の鈍足は初めっから仕事の契約条項に記入をされていたので、孝治はこれに文句など、言い立てる権利はなかった。むしろ急ぎたくても急げないノンビリとした雰囲気の中、一行にダラけた空気が蔓延するほうこそ、大きな問題かもしれなかった。
その中でも特にダラけた空気の筆頭なる人物が、三人娘を代表する沙織であった。
「ねえ、帆柱さぁん……⛅」
沙織は牛車で揺らされているばかりの行程に、しっかりと飽きがきたらしい。幌の牛車から降りてずっと、帆柱の左真横を歩きながらで、ベタベタ同伴を続けていた。
しかしある意味、この行動も仕方のない成り行きなのかも。なぜならふだんなら泰子の風に乗っての素早い行動力を誇る沙織にとっては、単調極まる車両での旅など、『不慣れ』のひと言に尽きるかもしれないからだ。これに対する帆柱の返事は、どこか声音が裏返った感じになっていた。
「は、はい……な、なんでしょうか?」
この事態は後輩として付き合いの長い孝治でも、初めて耳に入れる、先輩の上ずりようであった。
「珍しかねぇ〜〜! 先輩があげん緊張しようとこなんち、未来亭に勤めだして初めて見るっちゃよ♐」
「うん、わたしもばい☞」
『あたしかていっしょにおるんは短かとやけど、やっぱ初めてっちゃねぇ☆』
友美と涼子も、うんうんとうなずいてくれた。この三人の見守る前、沙織が可愛い娘ぶった感じで身をすり寄らせ、帆柱に尋ねていた。
「帆柱さんは熟練の戦士なんでしょ☆ 健二お兄様からそう聞いたんですけど、今までたくさんの山賊や怪物なんかと戦ってきたって、ほんとなんですかぁ?」
「い、いやぁ〜〜それはぁ……⛐」
実際に端から見ても、帆柱の顔面は、見事な真っ赤っかとなっていた。おまけに頭を右手でかきながらである帆柱の返答は、これまた明らかに、自己を謙遜した内容ものだった。
「さ、山賊……っちゅうたかて、見かけばっかしで弱いのが集まった雑魚連中ばっかしでして……で、ですから、た、大した自慢にはなりませんばい⛔ そ、それに怪物にしたかて、そげん強かやつと戦ったわけでもありませんし……✄」
「さすがの先輩も、沙織さんの前では形無しっちゅうとこやねぇ♡ ところで沙織さんっち、あげん惚れっぽかったとやろっか?」
帆柱と沙織の仲睦まじい(?)会話風景を冷やかしの思いで見つめながら、孝治は自分の右横にいる泰子に尋ねてみた。
三人娘の残りふたりもとっくに牛車から降りて、徒歩行進に切り換えていた(おっと、浩子は飛翔)。いや、泰子と浩子だけではない。千秋と千夏も自分で歩くほうを、早くも選択していた。
揺れが馬に比べて格段に少ない牛の歩みとはいえ、ずっと乗り続けていれば、やはり退屈だし体が痛くなると、ついさっき泰子が言っていた。これで今も牛車に乗っている者は、美奈子ひとりだけとなっていた。
「そんたねぇ〜〜✍」
泰子は孝治の問い掛けに、右手を下アゴに当て、ゆっくりと首を左に傾げてから答えてくれた。
「そんたらこと言われてみればぁ……おがどでする声では言えねえけんど沙織ってひと目惚れって言うか、そんた性分がワラシんころからあったって言ってたべぇ♠ そいで東京の大学でもすったげめんこい二枚目の上級生なんかによう横恋慕なんかしよったっけ☠ つまりぃ、相手の男性に本モンのあいがおっても、全然お構いなしってことだぁ☁ そんだどもまた飽きっぽいとこもあんだし……そい他にも沙織自身の問題もあんだしぃねぇ☁」
「じゃ、じゃあ、先輩ば好きになったんも、一時的なもんけぇ?」
「そうっけねぇ☜ そんたらことだがら、おまいさからでらっと言うといたほうがええだんべぇ☞ おが本気にしねえようにってね☛」
「それっち……おれにはすっげえ重荷っちゃねぇ……☠」
孝治ははっきりと申して、男女の色恋沙汰が大の苦手であった。けっきょく泰子の返答で渋い思いになりながら、帆柱と沙織の近くから、一応の距離を置くようにした。
つまらないよけいなお節介などを言って、先輩から殴られでもしたら損であるからして。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |