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『剣遊記11』

第三章 旅の恋は一途。

     (19)

 沙織が親友ふたり(泰子と浩子)をうしろに従えた格好で、三人そろって折尾の前へと並び出た。

 

 もちろん先頭に立つ者は沙織――それはそれで、別にけっこうなのだが。

 

「わたすたつの番って言ってるけんど、けっきょく実力さ見せるんは沙織じゃのうて、わたすたつばかりなんだがらぁ〜〜☁」

 

「そうだいねぇ☁ 泰子ちゃん、お互い頑張るぺぇ☁」

 

 背中でささやき合っている泰子と浩子の会話が(孝治にも聞こえている)、果たして沙織の耳まで届いているのだろうか。

 

「じゃあ泰子、いつもの『あれ』、やって見せてぇ✌」

 

 やっぱり届いていなかった。沙織は完全に、風の精霊――泰子に頼りっきりでいるようだ。

 

「やっぱだべぇ〜〜☁」

 

 その風の精霊が、陰で小さなため息を吐いた。

 

「いいだ☀ やったげるだぁ★」

 

 あとで孝治も聞いたのだが、泰子は浩子に次のようにささやいたという。

 

「わたすって……沙織にとっての便利屋なんだがらぁ☂」

 

 それから前に出た泰子の体が、全員の見守る前だった。しだいに透明化していった。

 

「たしかこの娘{こ}は、シルフだと聞いてたが……✍」

 

 興味本位を、もはや隠そうともしていなかった。折尾がヒョウ特有である紫色の両目{パープルアイ}を思いっきり開いて、泰子の変化を見届けようとしていた。その眼前で、泰子の衣服がぱらりと地面に落ちた。それから頭上では、どうやら旋風が起こっているらしかった。美奈子が倒した大木の葉が宙に舞い、周辺の樹木もざわざわと騒ぎ始めていた。

 

「これが風の精霊……シルフと言うものどすか✍ うちもこうして拝見するんは、きょうが初めてのことどすえ✍」

 

 孝治の右隣りで、美奈子も興味深げに、泰子の変貌を眺めていた。孝治は思わずであるが、小声でつぶやき返してやった。

 

「……おれはこれで、ずっと前にひどい目に遭ったことがあるっちゃねぇ☠」

 

 かなり以前の話ではあるが、自分が巻き込まれた泰子絡みの騒動の件を思い出し、孝治は苦虫を三十八匹噛み潰したような気になった。


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