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『剣遊記11』

第三章 旅の恋は一途。

     (16)

「こっから先ん道は、ほとんど人通りん少なか山ん奥になるったい⛔ やけん今から先、一切気ぃ抜くんやなか☢☣」

 

「はい!」

 

 気分はいまだに、もやもやのまま。それでも護衛の熟練者である帆柱からの訓示を受ければ、孝治はさすがに身の引き締まる思いがした。

 

 そんな孝治の眼前には、幌付きの牛車でもなんとかして通れそうだが、雑草と岩のカケラが無数に転がる、荒れ果てた山道が足の先から伸びていた。これではいくらノンビリとした牛の歩みと言えど、車体の振動は街道よりもひどい状態になるかもしれなかった。

 

「グリフォンだけはどうしても下ろせんが、もう牛車に人が乗るどころじゃないな☹」

 

 折尾が厳しい面構えになって(と言っても、もともとから厳しい豹顔なんだけど)、帆柱と孝治に告げてきた。

 

「かと言って、山道を生身剥き出しで歩くのは、いつ山賊どもの矢が飛んでくるかわからんからなぁ☠ よって、お嬢さん方は、大野の宿屋で待機しとってもらおう✄」

 

「それも仕方なかっちゃな✁✃」

 

 腕を組んで考える仕草の帆柱も、折尾の言葉に大きくうなずいていた。だけど、ケンタウロスの戦士は折尾にそう応えながら、自分の右横に立つ後輩の孝治にも目を向けた。

 

「そうやけど、ここにおる孝治だけは同行させたかて、なんの問題もなかっちゃけ♠ こいつ……やなか、か、彼女は戦士としてなかなかの腕前ちゃけ、山賊との戦闘経験も少なくなか✌ やけん大いに役立つことば、こん俺が保証するっちゃぞ✌」

 

「ま、まあ……あんまし期待ば大きいんも、なんか恥ずかしいっちゃけどぉ……☻」

 

 一応先輩から信頼されているとは言え、孝治はなんだか、とても照れ臭い気持ちに見舞われた。

 

「出発のときにも自分が一回言うたと思うが……このお嬢さんがか?」

 

 赤面するほど恥ずかしい思いになっている孝治を、折尾が半信半疑――いやいや三信七疑くらいの顔付きで、上から覗き込んでくれた。ふつうの人間とは異なる豹顔であるが、これくらいの空気は、孝治でも読めるものだった。

 

(なんかあんまし、おれば当てにしとらんみたいちゃねぇ☠)

 

 ただし間近で見られると折尾の豹顔は、口の端から猫科動物の牙が覗いて見え、やはり少々怖い感じがした。その折尾が言ってくれた。やはり信頼度が、いまいちと言った感じで。

 

「……まあ、確かに女で戦士は、そう珍しいもんでもないがな……♠♣♦」

 

『ほんとはとっても珍しいっちゃけどね♡ なんせ元男性の女戦士なんやけぇ♡』

 

 涼子の茶々は、毎度のごとく。それよりも次が、孝治の内なる思いであった。

 

(このノールのおっさん、なんか女性全般ば見下しちょうみたいっちゃねぇ☁☠)

 

 それと言うのも、とにかく沙織たちを気遣うようでいながら、その実キャラバン隊から排除しようとしているとしか思えない言動ぶり。また言葉の節々から感じられる、女戦士へのあからさまな疑念に、孝治は折尾なる人物の、ある意味古臭い思考を垣間見たような気がしていた。

 

 実は福井県に入る前、街道の途中で孝治は、帆柱先輩に尋ねていた。

 

 折尾伸章とは、いかなる人物であるのかと。

 

 そのときの返答によれば、折尾は帆柱や荒生田先輩とは旧知の仲で、ふたりは戦士の道を選んだのだが、彼だけは商人の世界に進路を向けたとのこと。しかし商売のほうは残念ながら、なかなか繁盛とはいかなかったようだ。それでもこうして元気に頑張っている姿を見れば、冒険家としての気質も、けっこうありそうな感じでいた。

 

(まっ、そげな古い概念があるとやけ、商売のほうで成功せんちゃろうねぇ☂ でもこげんして社会のお役に立っとう事業ばしよんやけ、それはそれでええっちゃけど☀)

 

 ここで孝治の内心など知るよしもない折尾が、一応承諾の意思を表わしてくれたらしい。

 

「まあ、いいだろ☆ 他ならぬ帆柱の推薦なんだからな✍」

 

 それから孝治の右肩を軽くポンと、折尾が左手で叩いてくれた。

 

「まっ、よろしく頼むぜ♠」

 

「は、はい☻」

 

 孝治も苦笑気味の本心を隠しながら、適当な相槌を返してやった。ただし、これも先輩からの薦めがもしも無かったら、孝治も沙織たちといっしょ、大野市に置いていかれる寸前だったかもしれない話なわけ。


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