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『剣遊記11』

第三章 旅の恋は一途。

     (15)

 キャラバン隊が福井県の県都、福井市に到達した。ここから北陸街道を外れ、東の方角へと進路を変更すれば、この先は旅の目的地である、グリフォンたちの生息地――両白山系への道のりとなる――予定。

 

 なお、琵琶湖でのひと騒動は一応不問となったものの、なんだかとても気まずい空気が、旅の一行の間に漂っていた。

 

 もっとも男同士――厳密には男と元男同士のほうは、生まれ持っているカラッとした性格もあるのだろう。帆柱と孝治の先輩後輩関係には、特に以前と変わるモノはなかった。

 

 で、問題なのは沙織であった。

 

「……あ……あのぉ……こん前は、でたんごめん……☁」

 

 ときどき思い出しては、孝治は琵琶湖での宿屋の出来事の件で頭を下げて、沙織にお詫びを続けていた。

 

「ふんだ!」

 

 しかし沙織は真にもって、つれない態度。ガンとして、孝治の『ごめん🙇』を受け入れようとはしてくれなかった。

 

「沙織さんって、あげん根に持つ性格やったんちゃね?」

 

 たまりかねて孝治はこっそりと、そばで歩いている泰子に尋ねてみた。

 

「まあ、ふだんはあんたに怒ってばかりじゃねえべがなぁ☃」

 

 いまいち要領を得ないのだが、一応親友としての性格分析を、泰子がしてくれた。

 

「ちゃっちゃど言ってしまえば、男から裸さ見られたんが、そえなんで言うが、しょし致命的だったんだべぇ☠ 沙織っだら、恋愛にはあんたに積極的なくせして、男性経験が極端に少ねえもんだがらさぁ♀♂」

 

「男から裸ば見られたねぇ……☠」

 

 孝治は、これもいつもの恒例。苦虫を二十六匹分噛んだつもりの気分になった。

 

 確かに自分は今現在、女性の身である――とは言え、本当は元男性。その正体を知っている沙織が逆鱗したとしても、理由としては充分ではなかろうか。だからその気持ちは、孝治にもだいたい理解ができる――と言ったところ。しかし今はその件について、これ以上口にはしないほうが良いような気もしていた。

 

 だけど、その理由以外でも、まだ腑に落ちない点があった。

 

「そやけどねぇ、それっちおれ、いっちょも納得できんとやけど☁」

 

「どんただしただ?」

 

 引き続きである孝治の疑問に、泰子が意外そうな顔をしてくれた。

 

 孝治の言い分は、次に尽きた。

 

「裸っちゅうたかて、あんときはしっかり下着ば着とったうえ、バスタオルでしっかり体ば巻いちょったろうも☞ しかもあとで聞いた話やったら、先輩ん前ではしっかりと、その……下着姿ば公開しちょったらしいっちゃね☢」

 

『それっち、見せたか人には見せたいとやけど、その他ん人には見せとうなかったっちゅうことやない?』

 

「うわっち!」

 

「あいー? なんか言うただか?」

 

 たった今聞こえた天の声は、もちろん涼子。だけども不思議に感じている泰子の手前、孝治は怒鳴りたい気持ちを、ぐっと我慢した。

 

「ま、まあ……根に持つって言ったども、そんたら持続性があるわけでねぇだ♥ ひずねっ(秋田弁で『つらい』)けどほっとけば、また口さ開いてくれるべぇ☺ まあ、そいまでの辛抱だぁ☻」

 

 突然の『うわっち!』はさて置いてくれ、果たしてこれは同情なのか、はたまたこれでも励ましのつもりなのだろうか。泰子がお気楽そうな顔付きになって、孝治にペラペラと言ってくれた。それから泰子はそそくさと、二台目の牛車に乗り込んだ。しばらく歩き通しだったので、ここらでひと休みと言ったところだろう。

 

「ちぇっ! いい気なもんちゃねぇ☂☹」

 

 けっきょくシルフの泰子に相談したところで、孝治の胸のもやもやは、なんら解決されなかった。それもしばらくの間は、継続された格好のままで。


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