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『剣遊記11』

第三章 旅の恋は一途。

     (12)

 沙織と帆柱。ふたりの男女の間で、いったいなにが起こったのか。

 

 ぶっちゃげて説明を行なえば、次のような話の展開だったりする。

 

 そこでいつもの話。恒例で時間を少々遡る。

 

「沙織さぁーーん! いい加減俺から降りてくださぁーーい!」

 

 ほとんど荒馬と女状態となって、帆柱の脳内は沸騰寸前。日頃の質実剛健ぶりが、ここでは一挙に裏目と出た格好だった。

 

 ところが沙織のほうには、これがやり過ぎなどと言う自覚は、まったくなし。

 

「いやっ! 帆柱さんが『うん✌』って言ってくれるまで、わたしこのままでいいもん!」

 

 なにを持って『うん✌』と言わせる気なのやら。沙織はケンタウロスの背中(つまり馬の背中)に、必死の体勢でしがみつくばかり。さらに挑発的言動まで始めてくれた。

 

「それに、わたしとあなたの関係を健二お兄様が認めてくれたら、いずれは未来亭を継いで、あなたが三代目若旦那になれるかもしれないわよぉ✌ だからわたしといっしょになっても、絶対に損はないんだからぁ♡」

 

「そげな……俺にはそげな野望はなかですよぉーーっ!」

 

 すっかり舞い上がり――と言うよりも、いつもの計算的調子を取り戻した沙織に、帆柱は完全手こずりの有様でいた。

 

「……、俺は、見てんとおりの無頼の傭兵やけん、戦いに明け暮れる毎日ばっかでくさ、いつかどっかで命ば落とすもんっち覚悟ばしとうとやけ、そげな大店の後継ぎなんち、俺にはいっちょも似合わんと! やけど……♋」

 

「やけど……って?」

 

 帆柱の言葉尻に、沙織が背中にしがみついたままで、ふと聞き耳を立てた。帆柱はうしろに振り返らないまま、沙織に答えた。

 

「きょうから考えば変えてもよか♐ 店んことはともかく、沙織さん……いや君がそげんまで俺んことば思ってくれるとやったら、君んために出来うる限り、生きて帰るようにするっちゃけ✈」

 

「それって……どういう意味なの?」

 

 沙織は初め、帆柱の言葉の表現がわからなかった。だが、『沙織さん』なる敬称付きから、『君』へと言い回しが変化した状態に、乙女心が大きく揺れ動いた。

 

「ほ、帆柱さん……♡」

 

「君が店長の従妹やっちゅうこつ、これから一切忘れるっちゃけ✄ 君をひとりの女性として見てもええやろっか?」

 

「え、ええ、もちろんですわ♡」

 

 とたんに沙織の周辺を、何人もの白い羽根を持つ小さな天使たちが旋回した。しかもたくさんの紙吹雪や紙テープを撒き散らし、クラッカーをパンパンと鳴らしながらで――無論沙織の妄想である。

 

 つまり超強引なる(かつ、ややズルい作戦的)求愛が、見事にターゲットを撃ち抜いたわけ。これを帆柱側に立って表現を行なえば、先ほど申したとおり、日頃の質実剛健ぶりが裏目となって――逆に言えば、婦女子に対する免疫性の無さが露呈した格好と言えるだろう。

 

 要するに、攻められ所に非常に弱かった――ってこと。


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