『剣遊記T』 第四章 旅の始まりは前途多難。 (7) 早朝、未来亭は開店間際で、店の前の大通りではいろいろな職業の人々(役人、商人、大道芸人などなど)が、朝日を浴びながら早足で行き交っていた。さらに馬車や牛車などが道を急いだり、またはのんびり往来したりと、街全体で一日の始まりを告げていた。
そのような中で、未来亭の正面入り口にはすでに、朝から陽気に酒を求める常連客たちが、ズラリと列を作って並んでいた。
一日の始まりからお酒に目がない、言わば不埒な連中である。だが、彼らが現在、ジーッと注目をしている先は、ふだんとは趣きを異にする光景だった。店の正面横に孝治たち一行の見送りで、給仕係たちがゾロリと集まっているのだ。
「美人になった鞘ヶ谷孝治の、きょうが晴れの門出っちゅうこつやな♪」
「あの野郎、女になって、逆に女どもからモテモテばい☢ 世の中いったい、どげんなっとうとや?」
列に並ぶ常連客の面々が、各々好き勝手なひそひそ話を並べていた。またそれが、孝治の耳まで、しっかりと伝わっていた。
(みんなおれの苦労も知らんと、言いたい放題言うてからにぃ☠)
そんなこんなで、妙な熱気でにぎわう、未来亭の正面出入り口だった。
「おい! そこの女ども!」
いきなり無礼千万な銅鑼声が響いたのは、まさに孝治たちの出発直前だった。
「うわっち! な、なんねぇ!?」
孝治はもちろんだが、給仕係の面々に友美と涼子。さらに美奈子と千秋も一斉に、声の発生源へと瞳を向けた。
「孝治、あれみたい☞」
友美が右手で指差す先。そこにいる無礼極まる銅鑼声の主は、金属製の甲冑を身にまとって馬に跨{またが}る騎士だった。
「うわっち! 見た目でわかる、青二才っちゃねぇ☻♋」
孝治は思わずつぶやいた。なぜ『青二才』なのかと言えば、それは兜の下に見える素顔が、もろに童顔であったから。なんだか声と顔が似合わないこと、このうえなかった。
さらに甲冑の色は灰色。おまけに馬の頭には、赤い派手系な仮面を装着させていた。
その童顔騎士が、馬上からいい気になっている感じで、初めよりも大きながなり声を立ててきた。
「我々は不届きな魔術師の盗人を捜しておる! この宿にそげな怪しかモンはおらんか!」
孝治は友美と涼子相手に、そっとささやいた。
「あいつ、言葉ん所々に思いっきりの九州訛りがあるけ、あん騎士も地元のもんに間違いなさそうっちゃね✍」
それから孝治は、先頭でがなり立てる童顔騎士の後方に瞳を向けた。騎士のすぐうしろには、同じ灰色の甲冑を着こなし、やはり同じ赤色の仮面をかぶせた馬に跨る、七人の仲間みたいなのがいた。
「ずいぶんたくさん来とるっちゃねぇ☁」
孝治はその大袈裟ぶりに感心しつつも、さらに瞳を凝らして、奥のほうを見た。すると後方にもうひとり、事の成り行きをジッと眺めている騎士がいた。
遠くでよくわかりづらいのだが、これで総勢九人。最後部で偉そうに踏んぞり返っている態度から察するに、そいつが騎士団のリーダーであろうか。
「返事ができんとやったら、こちらで家捜しさせてもらうばい! この宿におるモン全員、主人だろうが客だろうが、ひとり残らずここに集めろ!」
童顔騎士がなにを根拠に、そこまで威張り散らすのか。孝治には理由が、まったくわからなかった。
「ほんなこつ、いい気になっとうっちゃねぇ☠♨」
これはよほど育ちがよろしくて、実はなにもわかってはいない、典型的な“お坊っちゃま”が為せる所業であろうか。
「あいつらはあたしらでなんとかするけ、孝治くんたちは早よ出発しや✈」
見送りで入り口に出ていた由香が、そっと孝治の右耳にささやいた。孝治はこれにうなずいた。
「わかった☻ 悪かっちゃけど、あとは任せるっちゃよ☝」
孝治としても、ヘタな面倒は御免こうむりたかった。幸い未来亭給仕係の面々は、日常茶飯事で起こるトラブルには慣れっこ。これにて安心感と『なんか悪かっちゃねぇ〜〜☻』のうしろめたさを胸の中で交錯させながら、孝治は自分のうしろに立つ美奈子に、前を向いたまま小声でそっとささやいた。
「さっ、あとんこつ店に任せて、おれたちは出発しますけね⛴ 用意はよかですか?」
だけど、美奈子からの返事はなかった。
「美奈子さん、どげんかしたとですか?」
不審を感じた孝治は、そろりとうしろに振り返った。
「うわっち?」
見れば美奈子の様相が、先ほどまでとはうって変わっていた。初めは黒い魔術師のフードを、頭から着込んでいた――とはいえ、顔はふつうに出していたはず。それがいつの間にやら、黒いハンカチのような布切れで、瞳から下を覆い隠す装いとなっているのだ。
孝治は思わずで尋ねてみた。
「美奈子さん、急にどげんしたとですか? 顔まで隠してしもうて⛱」
この孝治の疑問に美奈子は、半分慌てているような感じで答えてくれた。
「な、なんでもあらしまへん! と、とにかく早く、ここから離れましょうえ! 妾{わらわ}はあのような、野蛮な輩が大嫌いやよってに☠」
「まあ、あげな野蛮な連中って、おれかて嫌いっちゃ嫌いやけどねぇ……?」
孝治は首をひねった。美奈子の挙動がちょっとおかしい――いや怪しいの様相になってきているから。
確かにさっさと出発したい気持ちなら、今の孝治も人一倍である。しかし依頼人が不審の態度を護衛も戦士などに見せつけたら、必ずや仲間内で疑心暗鬼が生じる事態に発展するもの。それが世の中の相場――約束事である。
(お互い疑い合った関係っちゅうのが、いっちゃん危ない旅になるったいねぇ……やけんおれと友美かて、美奈子さんばどっかで見たかもしれん、っちゅうこと、ふたりで封印しとるんやけ⛔)
孝治は頭の中で愚痴を繰り返した。もちろん現実社会において、秘密があちこちで横行している現状も認識していた。しかしそこは、大人の事情。孝治もその辺は割り切っていた。
(まあ、これくらいの謎はよかっちゃよ♥ あとはこれ以上、謎が増えんことば祈るだけばい⛑)
けっきょく胸に、モヤモヤ感が居座った感じ。それでも孝治は無理矢理ながら、疑心を納得へと転化させた。
それから念押しで、孝治は美奈子に出発をうながした。
「そやけ、あとの始末は店長たちに任せて、おれたちはもう行きますばい✈ 騎士どもから目ぇ付けられんうちにやね☛」
「は、はい……そうしますえ☃」
この場における主導権を、孝治は一時的だろうけど、握った格好になった。実際に美奈子の態度は、これまた見事なほどにすなおといえた。口うるさいはずの千秋までが、今はなぜか無言の行でいるほどだった。
そこへ今度は友美が、うしろからトントンと、孝治の右肩を指でつついてくれた。
孝治はすぐに振り返った。
「な、なんね、どげんかしたとや、友美?」
「孝治……あれば見てん☞」
友美が孝治の右耳にささやいた。店の前で威張っている騎士たちの、さらに後方にいる人物を、左手で指差しながらで。
「あそこにおる騎士って……合馬ばい☢ なんでかようわからんちゃけど、ここまで来とるっちゃよ☠」 (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |