『剣遊記T』 第四章 旅の始まりは前途多難。 (5) 「千秋、荷物の用意はできましたかえ?」
今回の旅の主役――依頼主の美奈子が、ようやくになって現われた。今までいったい、なにをしていたのだろうか。
「あっ、美奈子さん、おはようございます!」
友美が早速、朝のご挨拶。
「おはようさんどすえ、皆々さん♡」
丁寧に挨拶を返す美奈子は、きのう拝見したばかりである魔術師の黒衣が、とてもよく似合っていた。
「師匠、出発の準備が出来たさかい、いつでもOKやで♡✌」
美奈子が出てくると、千秋がもともとであった元気溌剌顔を、さらに大幅パワーアップさせていた。
「千秋、おおきにどす♡」
割と現金な調子である弟子に、美奈子が優雅な微笑みで応じ返した。それからゆったりとした仕草で、旅を伴にするロバとユニコーンの合いの子――トラに身を寄せた。
「つらい役目でおますんやけど、どうか頑張っておくれでやす☺ そなたはんだけが旅の頼りやよってにな♥」
「おれたちよか先に、トラに挨拶するったいね☻ 大した動物愛護っちゃねぇ♠」
美奈子に目の前を素通りされた孝治は、不満たらたらで口をとがらせて不平をつぶやいた。
「おれかて旅の重要な護衛なんやけね♣」
そんな孝治孝治の愚痴が、耳に入ったらしい。友美がそっと、うしろから声をかけてくれた。
「なんねぇ、動物に嫉妬ばしよっとね? わたしたちかて荷物ば、こんトラちゃんに便乗させてもらうとやけ、これくらいは我慢せないけんとばい♤」
「そうっちゃねぇ♧」
友美の言うとおり、いつまでもウジウジしちょる場合やなか――と考え直し、孝治は軽くうなずいた。
『でもあの分じゃ美奈子さん、あたしたちよりトラちゃんのほうば、いっちゃん大事にしそうっちゃねぇ♥』
「そっちもそうっちゃねぇ♠」
続いてである涼子の小さなささやきにも、孝治は軽い苦笑いで応じてやった。そのついで、よけいなお節介話も、内心で考えてみた。
(もし涼子が美奈子さんと千秋ちゃんに見えとったら、友美とそっくりおんなじ顔ばしとうけ、やっぱビックリするっちゃろうねぇ♥ それもそれで、なんか見てみたい気がするばい☢ まあ、そげんなったらもう、幽霊とか関係なしでやね☻)
もっとも孝治としては、友美と幽霊がウリふたつである秘密をバラす気など、もちろん毛頭もなし。そのとき絶対に起こる騒動が面倒だし。そこで今や恒例ともいえる別方面の質問を、孝治は美奈子に尋ねてみた。
「美奈子さん、ちょっくら訊いてもよかですか?」
「はい、なんでも訊いておくれでやす♡」
美奈子がやはり優雅な微笑みを浮かべながら、本日初めて、孝治に顔を向けてくれた。孝治はその笑顔に、なんだかここでも圧倒される思いがした。そのためか口調が、思いっきりに固くなっていた。
「は、はい! ど、どげんして、こんロバ……トラは、ロバとユニコーンとの合いの子なんですか? これって、おれも今まで聞いたことも見たこともなかですけど☁」
『なんか子供みたいなこつ訊きようっちゃねぇ☻ それじゃ単なる好奇心ばい☺』
涼子からここで突っ込まれたが、美奈子の面前なので、これは聞かない振り。しかし美奈子も角付きロバ――トラに関して、特に隠す気はないようだった。
「なぁーんや、そないなことでおまんのかいなぁ♡ もうこの子の名前は、千秋から聞きはったようどすなぁ☺」
ちょっとだけ、返答拒否するかもしれんちゃねぇ――と内心で覚悟していた孝治に、美奈子があっさりとした態度で答えてくれた。
「それはどすなぁ✍ ある雄のユニコーンが雌のロバに惚れはって、ふたり……やのうて二頭がめでたくゴールインしはったんどす♡ ただ、産まれた子供……ここにおますこの子なんやけど、不幸にもユニコーンの世界にもロバの世界にも受け入れられんようになりはって、あまりにも不憫{ふびん}どしたので、う……妾{わらわ}が引き取ったよしにおますんえ♥」
「トラちゃんには、そげな可哀想な過去があったんですねぇ♠」
美奈子の話を聞いて同情したのだろうか、友美がトラの頭を、右手で優しく撫で始めた。
「そうなんですけぇ……☹」
孝治もなんだか、トラに感情移入の気持ちとなってきた。ただし、口には出さないよう、胸の中だけで密かに付け加えた。
(早い話が、捨てられたっちゃねぇ☢ なんちゅう無責任な、動物の両親なんやろっか☠) (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |