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『剣遊記T』

第四章 旅の始まりは前途多難。

     (13)

 しかしまだまだ、話は進展しなかった。

 

「孝治くぅ〜〜ん! ちょっと待ってぇ!」

 

「そげん、あせがんでぇ!」

 

 登志子と彩乃のふたりが、駆け足で孝治の所まで走ってきた。

 

「な、なんねぇ、おれたちゃもう行くっちゃけど

 

 『もうええ加減にしちゃってや♨』の思いで、孝治はうしろに振り返った。登志子と彩乃が、孝治と友美の前で立ち止まった。

 

「実はやねぇ……♥」

 

 登志子がエプロンの右ポケットから、九州名産『明太子キャラメル』(注 実在しません)を一個取り出した。

 

「これって、なん?」

 

 頭の上で『?』の小鳥を旋回させながら、孝治は登志子に、その真意を尋ねてみた。

 

「きゃん! 間違えたぁ!」

 

「登志子はいっつもこうやけんねぇ〜〜☠ そしてポケットん中、お菓子でいっぱいばい♪」

 

 彩乃が横目でささやくとおり、登志子は常日頃からエプロンのポケットを、お菓子類で満タンにしているのだ。

 

「これやなかっちゃ! 孝治くんに渡すんは、店長からの伝言やけね✐✑」

 

 登志子が気を取り直し、改めて左側のポケットから出した物。それは一枚のフグ煎餅――また間違えた。一枚のメモ用紙だった。

 

「伝言? 今さらなんやろっか?」

 

 目と目の合図で、黒崎との話はとっくに終わったものと、孝治は思っていた。ところがまだ、続きが残っていたようだ。

 

 恐らく合馬が目を離した隙を見つけ、黒崎が素早く書き上げたメモなのだろう。それでも黒崎の字は、孝治も惚れ惚れするほどの達筆だった。

 

「な、なになに……鹿児島行きの道中には連絡係のモンばときどき派遣するけ、見つけやすいよう鹿児島への道は、ふつうの街道ば通れやて✍ きょう来た騎士団については、店長がよおっと調べとくけ、途中の遭遇に気ぃつけろ……やて✍ 言われんでも気ぃつけるっちゃよ」

 

 なんだかよけいなお節介を感じる孝治に、彩乃が自分を右手で指差して微笑んでいた。

 

「そうそう! そしてね、その連絡係っちゅうのが、このわ・た・し・ばい♡」

 

「うわっち?」

 

 孝治には彩乃の顔付きが、なぜだかとてもうれしそうに見えていた。たぶん連絡係に格好をつけて、途中で遊ぶ気でいるのだろう。

 

「そげんこっちゃね☆ 彩乃ちゃんも大変やねぇ♥」

 

 口では当たり障りのないセリフでねぎらいつつ、孝治は内心で、そっとつぶやいた。

 

(なんでも利用できるモンは、とことん利用する✊ ほんなこつ店長らしかっちゃねぇ☻ 彩乃ちゃんもそれに便利なように生まれとうけ……まあ、自覚もしちょるやろうけどね♠)

 

 それはともかくとして、問題は合馬の話である。

 

「店長も、あの合馬のおっさんのこと、これで済んだっち思うとらんのやねぇ☠」

 

 孝治のうしろでは、友美もメモを覗いていた。

 

「確かにあいつらとなら、またどっかでバッタリ遭遇しそうやねぇ☢ これは賭けてもええくらいやね☠」

 

「そうっちゃねぇ☃」

 

 ため息を吐きつつ孝治も、友美の予測に、今度は深いうなずきで応じ返した。一度できた腐れ縁からは、高い率で死ぬまで付きまとわれるもの。これも世の中の、言わば約束事であるからだ。

 

「そんじゃあ、気ぃつけてやぁ!」

 

「そしてわたしが来たらぁ、そんときよろしゅう頼むけんねぇ!」

 

 これにて用件は終了。登志子と彩乃が来たときと同じく、駆け足で店まで戻っていった。

 

「なんか……えろう時間ばっかし喰ってしもうたもんっちゃねぇ☂」

 

 今度は愚痴混じりのため息を再び吐きながら、孝治は未来亭から遥か南の先まで続く、街道の彼方に瞳を向けた。ところがよく見れば、旅の依頼人である美奈子と千秋が角付きロバ――トラを連れて、勝手に先行しているではないか。

 

「うわっち! な、なんねぇ、あんふたりはぁ!」

 

 驚いている者は、孝治だけでなし。友美と涼子も同じであった。

 

「わたしも知らんかったぁ! あんふたり、いつん間にか、さっさと先行ってしもうてぇ☃」

 

『こりゃほんなこつ、旅の始まりから前途多難ってもんやねぇ☢☠』

 

 そんな孝治たちの声(涼子は除く)に気づいたのか、千秋がトラの手綱を右手で引きながら、こちらに振り返って、大声で言ってくれたものだった。

 

「ネーちゃんらぁ、いつまでグズグズ遊んどんのやぁ! ボケッとしとったら、ほんまに置いてくでぇ!」


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