前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (1)

 未来亭を出発して、早や二日目。孝治たち旅の一行は、鹿児島に向かう東九州街道を、まっすぐ南へと進んでいた。

 

 左手に周防{すおう}を眺めながらの行程。中規模の河川が街道を横切る休憩地点で、一行はいったん足を停めた。友美が現在位置を確認するため、魔術で幻影地図を、空中に浮かび上がらせる必要があったので。

 

 それによると現在地は、中津{なかつ}市宇佐{うさ}市の境を流れる、犬丸{いぬまる}川の手前。国東{くにさき}半島の付け根付近――との検索結果が出た。

 

 そこでは川に架かる木橋を、孝治たちと同じ旅人や商人などが、大勢行き交っていた。

 

「けっこう早よう、ここまで来たもんっちゃねぇ☆✌ これなら鹿児島まで、思うたよりも早よう着くかもしれんちゃねぇ♡♪」

 

 きょうのところまでは、天気は上々。足取りも快調。孝治は鼻歌混じりで、友美や美奈子たちにおのれの楽天気分を吹聴した。

 

 実際、最も恐れている合馬たちとの再遭遇も、きょうの段階までは起きていなかった。

 

 しかし、道中が平穏に進めば、今度は仲間内から、必ずわがままが発生する。これが世の中の約束事である。

 

「えろうごっつ暑いなぁ! なあ、千秋は大分の山ん中に、水が綺麗で泳げる場所があるのを知っとんのやけど、ちょっと寄り道して行かへんか?」

 

 角付きロバ――トラの手綱を牽き、一行の先頭を務めている千秋が、そのわがままの急先鋒だった。

 

「まあまあ、友美の地図によったら、きょうの宿の宇佐の街まで、あともうちょっとやけ、ちったぁ辛抱せんね♠」

 

 孝治は千秋の文句たらたらに、旅の初めからウンザリのしどおしでいた。

 

無論千秋も、孝治に突っかかってばかりいた。

 

「ネーちゃん! あんたも戦士やっとんのやったら、依頼人の希望聞くんが筋ってもんやろ! それともなにか? あんたがぶら提げとうその剣は、ただのナマクラかいな☠」

 

「うわっち!」

 

 これにて孝治は、ムカムカ気分が一気に炸裂! だけど戦士の本懐(依頼人への忠誠)に触れられると、孝治の立場は弱かった。

 

「くぅ〜〜! もうわかった、わかった! ただし店長からは本道から外れんよう言われとうけ、ほんなこつちょっとだけやけね☁」

 

 渋々ながら千秋に応えつつ、孝治は一行一同を見回した。

 

「わたしも行ってみたかぁ〜〜⛴ 千秋ちゃんが言う場所にやね♡」

 

 意思決定権を持つ友美が、あっさりと千秋に同意した。また涼子も、『別にええっちゃよ♥』の顔付き。もちろん美奈子は美奈子で、誰よりも寄り道に積極的でいた。

 

「妾{わらわ}もここらで、ひと息吐きとうおます⛱ それに千秋が言いはるとおり、大分の山の中はちっとは知ってはりますさかい、案内は任せておくれでやす♡」

 

「護衛ば依頼されちょうおれたちが案内ばされるっちゅうのも、なんか変な話やけどねぇ……♦」

 

 少々の本末転倒気分に浸りながらも、孝治はやはり、なぜか美奈子に逆らえなかった。

 

 これは自分自身でも、理解が不可能。どうしてか美奈子から受ける威圧感に、孝治は押され気味となるのだ。

 

 孝治はなんだか、スッキリとしない気持ちのまま、何気なくで空を見上げてみた。昼食にはまだ早いが、正午がもうすぐの時刻のようだ。太陽がかなり、真上に近づいている感じがするので。

 

 別に自分に決定権があるわけではないが、孝治自身の腹は決まった。

 

「わっかりました✈ 言われるとおり、水の綺麗な場所とかに行って、顔でも洗いましょう✍ それからどっかで飯ば食いましょっかね♥」

 

「ほんま あ〜〜りがとぉさぁ〜〜んやで☺☀」

 

 そうと決まれば話は早い。千秋が早速、街道から外れた南の方向を、右手で指差した。

 

「そんじゃ、こっからちょっと南の山んほうに行こっか☞ あの山ん奥に、ちょうどええ泉があるんや♡」

 

「ほんとに九州んこつ、なんでも知っとるっちゃねぇ♋ 千秋ちゃん、大阪ん人やのに♣」

 

 友美もすっかり、千秋の物知りに感心しているご様子。これにすかさず、師匠の美奈子が口を出してきた。

 

「はいな、前にも申しましたとおり、妾{わらわ}と千秋は日本中を旅しておまんのやで♡ そやさかい、九州の地理もしっかりと頭に収めておりますよってにな♡」

 

 この美奈子の旅慣れ自慢を、孝治は違和感の思いで耳に入れていた。

 

(地理ばよう知っとうのは千秋ちゃんやけね☻ あんたはなんも言うてなかろうも☁)


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system