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『剣遊記T』

第四章 旅の始まりは前途多難。

     (11)

「お、おめえ、いってえぜんてえ、いつん間に酒なんか飲みやがったあ! この店の捜査はどうしたってんだよぉ!」

 

 合馬の怒鳴り声が先ほどとは一転。物の見事に裏返っていた。おまけに早くも、美奈子への尋問も忘れたようだ。甲冑ごと灰色酔っ払い騎士の胸ぐらを右手でつかみ上げ(甲冑は金属製のはずなのに!)、周囲に地響きを感じさせるほどの大絶叫を張り上げたから。

 

 自分の声の裏返りなど、まるで気づいていない感じで。

 

「この情けねえザマはどういうことなんでぇ! 俺が納得する説明をしてみやがれってんだぁ!」

 

 だがこのド迫力も、完全酔いつぶれ状態にある酔漢には、一切通用しなかった。

 

「いやぁ〜〜、この店のお酒は美味ですたいねぇ〜〜♬ すっかり御馳走になっちゃったとですよぉ〜〜♫」

 

「ぬわんだとぉーーっ!」

 

 先ほどの猛禽のような眼差しも、今はどこへやら。完全な点目となった合馬が、未来亭の正面に顔を向けた。

 

 もちろん孝治も、いっしょに顔を向けた。

 

「…………☁♋」

 

 そこでは合馬の部下である騎士たちが、店の給仕係の面々から、お酒の相伴に授かっている真っ最中。しかも一番最初に登場し、童顔に似合わない銅鑼声を張り上げていた青二才の騎士など、一般の客たちから囃し立てられ、特大ジョッキでビールをグイグイとやらかしていた。

 

「一気! 一気!」

 

 てな具合で。

 

「て、てめえらぁーーっ!」

 

「うわっち! 怖っ!」

 

 合馬の頭から噴煙が立ち昇る光景が、孝治の瞳にも、はっきりと見えたほど。もはや目の錯覚うんぬんの話ではなかった。

 

「……あ、あのぉ……中隊長殿ぉ……☂」

 

「うるせえ! ガチャガチャぬかすんじゃねえ!」

 

 朽網が恐る恐る声をかけても、恥も外聞もなしに怒鳴り返すだけ。これでは恐らく、美奈子と孝治たちのことなど、早くも頭から完全に消え失せているのではなかろうか。

 

「こりゃヤバかっちゃよ☢ やっこさん、頭の血管ばブチ切れとうばい☠」

 

「そげんみたいね♋」

 

「うわっち!」

 

 孝治のつぶやきに応えてくれた者は、なぜか友美であった。

 

「ど、どげんして……いつん間に逃げたとや?」

 

 驚きの孝治に、友美はケロッとした顔で答えてくれた。

 

「だって、あん朽網って魔術師、合馬から怒鳴られたとき自分の手がゆるんだのにも気がつかんと、わたしと美奈子さんば離してくれたっちゃね♥」

 

「納得……☕」

 

 孝治はコクリとうなずいた。そのついで、店の正面のほうに瞳を移し変えれば、店長の黒崎が顔を出していた。

 

 孝治は緊張の思いでつぶやいた。

 

「いよいよ真打ちのご登場っちゃね✌ これってとうとう、『店長ば出せ♨』の事態まで発展したっちゃねぇ☠」


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