『剣遊記番外編T』 第三章 魔術師と姉妹、三人の旅立ち。 (9) 実際、純粋無垢そうに見える(?)千秋が嘘を言うとは絶対に思えないので、これは真実なのであろう。だけど小さな女の子が――たとえ持ち上げられたとしても――離れた場所から一気に大きな石を投げ飛ばすなど、およそ常識では考えられない出来事である。
「……ほ、ほんまに、千夏ちゃんが……あれを投げたんどすか?」
「はぁい! 美奈子ちゃんがぁ危なかったんでぇ、千夏ちゃんがぁ、あの石さん拾って投げましたですうぅぅぅ♡」
「あの石って……拾えるレベルやおまへんで……♋」
改めてである美奈子の問いに、千夏はこれまた無邪気に答えてくれるのみだった。
さっきまでの『泣きベソ』は、早くも昔の話となっていた。
それでも美奈子は、いまだに信じきれない思い――かと言って今現在、周囲に石を拾って投げられる者は、どこを見ても千秋と千夏しか存在していなかった。
山賊の子分どもは全員気絶中で、今さら鱏毒への裏切りなどは考えられなかった。そこでやはり、石を投げた者は千秋と千夏以外、該当者がまったく見当たらない。それも投げたほうは千夏なのだ。美奈子はなんだか、この双子姉妹そのものが、まるでわからなくなってきた。だが、そんな思いもわずか一瞬、少女たちの屈託のない笑顔に見つめられ、すぐに疑問が消え失せたような気にも美奈子はなってきた。
「そ、そやな……とにかく千秋と千夏ちゃんが私を助けてくれよったんどすな☆ ほんまおおきにやで☺」
胸にわだかまる不可思議な気持ち。これをあっさりと斬り捨て。美奈子は千秋と千夏の体を、そろって両手で力強く抱き締めた。
「助けてくれたお礼やで☀ 望みどおりふたりとも、本当に私の弟子にしてあげますわ♡ これからいろんな魔術も仰山教えてあげますさかいに♡」
「ほんまいかいな、師匠!」
「千夏ちゃん、とってもうれしいさんでしゅうぅぅぅ♡」
この瞬間において、美奈子と千秋・千夏姉妹の、切っても切れない固い絆が誕生したわけである。
それから美奈子は、ふたりの手を握ったまま、地面から立ち上がった。
「ほな、村まで帰りますえ⛵ どうせ山賊はんたち、気絶からしばらく覚めへん思うさかい、村に下りてから捕まえに来たらええ思いますよって⛷」
ところがなぜか、千秋はこのときになって、妙に消極的な態度でいた。
「そんとおりや☆ 帰りまっか……って言いたいとこなんやけどなぁ……★」
「どないしはったんどすか、千秋?」
美奈子も変に思いつつ、千秋に尋ね返した。これにすぐ、弟子第一号である千秋が答えた。師匠となった美奈子に、右手の人差し指を差し向けて。
「師匠、そんまんまやったら帰れへん、って千秋は思うんやけどなぁ……⛔⛑」
「あっ……そうどしたなぁ⚠」
千秋からの指摘で美奈子は今、自分がなにひとつ身に付けていない姿でいる状態を再認識した。しかし別段、今や慌てる気にもならなかった。
「しょーがおまへんなぁ☻ 少々ボロや思うんやけど、あいつらの服を借りて着るようにしますわ☹ どうせ村の宿屋に、うちの着替えも置いてあることやしねぇ☕」
「はいですうぅぅぅ♡ 千夏ちゃんもお手伝いしますですうぅぅぅ♡」
「うふっ♡ でもなるべくやったら、できるだけ綺麗なんにしてほしどすえ☀」
美奈子は微笑みながらで千夏の左手を握り、裸のままで住人がいなくなっている山賊の木造小屋へ足を向けた。
周囲は深い山脈の奥地。いっしょにいる者は、きょうから初めて弟子となった、千秋と千夏にふたりだけ。恥ずかしさをこれっぽっちも感じる気はなく、むしろ美奈子は清々しい開放感さえ、その胸に抱いていた。
そのように考えると、素肌に直接触れる山の清風さえもまた、心なしか美奈子を優しく、また暖かく包んでくれていた。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |