『剣遊記番外編T』 第三章 魔術師と姉妹、三人の旅立ち。 (6) もはや地上で立ち尽くしている者は、ちょこまかと逃げ回っている舐木野ひとり。
「おまいはんも往生際の悪いお方どすなぁ☻ ええ加減に降参しはったらどないでんな? それとも半端なお方には、お似合いのお姿どすか?」
「や、やかましいわぁーーい!」
いつの間にここまで来たのか、崖っぷちに追い詰められている舐木野が、剣を抜いて吼え立てた。こいつもおのれの中途半端ぶりを、意外と気にしていたようだ。
(ハッタリのおつもりどしたんやけど、この人のコンプレックス、嫌や言うほど刺激しちゃったみたいどすなぁ☠)
美奈子も自分の言い過ぎを、億万分の一だけ後悔した。このような大馬鹿者はいったん逆上させると、あとでなにをしでかすかわからないからだ。
早い話が逆恨み。
案の定であったが、舐木野が物の見事な悪あがきで吼えまくった。
「たった今降参させた敵を吹っ飛ばしたんは誰やねんな! ええ加減なこと言うてんのはおまえのほうやろうがぁ!」
「それもそうどすなぁ☺」
舐木野の言い分を、美奈子はあえて否定しなかった。これもひとつの余裕であろう。
「そうまでしておっしゃるんどしたら、お望みどおり、あなたはんも吹っ飛ばして差し上げますえ☝☝」
これではもう、どちらが悪役なのか。まったくわからない有様。
完全に相手を見下しきった瞳で舐木野をにらみつけ、美奈子は再び攻撃魔術の呪文を唱えた――と、そのときだった。
「隙ありやぁーーっ! オレが戦士であること忘れたんかぁーーい!」
電光石火! 半人前魔術戦士の中型剣が、美奈子の体をバサァッと横に薙ぎ払った。
「きゃあーーっ! なにしまんのやぁーーっ!」
これはむしろ、呪文の唱え始めが幸いだった。剣は美奈子の胸の前を、スラリとかすっただけで終わった。もしもこれが呪文に熱中している最中であれば、美奈子は文字どおり、真一文字に斬り殺されていたかもしれない事態であったのだ。
それでも舐木野の剣は黒衣の前の部分を、しっかりと横に切り裂いていた。おかげで美奈子の胸が、モロもモロにモロ出しとなったわけ。
「ああっ! エッチぃ!」
「へへっ♡ けっこうデカいやんか♡」
あらわとなった美奈子の胸に、ほとんど目を奪われている格好。まるで当初の目的を忘れているかのように舌舐めずりをしながら剣先を突きつけ、舐木野が美奈子へ迫った。
「次は真下も切り落として、お尻も丸出しにしてまうんやで!」
これはまた、あっさりとした形勢逆転。おまけに舐木野のサングラス😎の下のギョロ目が、好色でさらに異様に光り輝いていた。
そんな有様の舐木野を前にして、美奈子はあらわとなった胸をもはや隠そうともせず、むしろ瞳に怒りの炎を生じさせた。
「もう! 絶対の絶対の絶対に許さへんのやぁ! せっかく穏便に終わらせてあげよう思いよったんどすにぃーーっ!」
長くて黒い髪までが、物の見事、天へと向けて逆立った。
「う……嘘言うなや! なんが穏便なんやぁーーっ!」
今度は逆に怖気づいた舐木野に向け、美奈子怒りの超一閃!
「あんたなんかこうやぁーーっ! それにうちはもともとから、サングラスをかけた男っちゅうもんが大っっっ嫌いなんでおまぁーーっ!」
ババババアアアァァァァァンンンと、美奈子最大級である怒りを添加された衝撃波は、まさに全身から一気に放射された。そのため胸の部分の裂け目だけで済んでいた黒衣までがバラバラとなって、辺り一面に散らばる結果となった。
しかもこの衝撃波で舐木野が、遥か遠くの果てまで飛ばされた。
「サングラスのどこが悪いんやぁーーっ!」
彼はこのあと、紀伊の山脈をいくつも飛び越え、和歌山県の隣り、三重県の山林の中で発見されたという。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |