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『剣遊記Y』

第一章  黒崎店長、出張す。

     (9)

 決闘は思わぬ展開で、三対三の様相。騒ぎを聞いて集まった、大勢の野次馬たちが取り囲む中だった。孝治は大介と――なぜか話の行きがかり上で組んでしまったマント男とともに、三人のチンピラと対戦する破目になっていた。ところがここでもまた、男が孝治たちに、渋いセリフを言ってくれた。

 

「そこのふたりは退がっとるで 決して見下すわけじゃねえが、無駄な流血を避けたいもんじゃけん☡」

 

「は、はい……☁」

 

「わ、わかりました……♐」

 

 孝治・大介ともに、男に逆らうことが、まったくできないでいた。

 

 いったいなんの因果なのか。マント男に言われるがまま。こんなふたりとは対照的。三人のチンピラは鼻息も荒げに、野獣の本能をむき出し中。

 

「けっ! 女の前だと思ってカッコつけやがってぇ!」

 

「その二枚目顔をグチャグチャにしてやらあ!」

 

 確かに彼らのほざくとおりである。男は二枚目のイケてる顔をしていた。孝治はもしも自分が元から女性であったなら、冗談抜きでひと目惚れをしていたかも――と、半分本気モード混じりで考えた。

 

「うわっち! いかんいかん!」

 

 孝治は思わず、頭を横に振った。

 

 そんな連中どもの遠吠えは無視の態度。男が腰のベルトに装着している鞘から、大型の剣を引き抜いた。

 

 スラリと伸びた、持ち主自身の身長に匹敵するほどの長さの長剣を。

 

(そげん言うたら、なかなか帰ってこん合馬{おうま}のおっさんも、あげな長い剣ば持っとったっちゃねぇ☠)

 

 孝治は事態の深刻さをつい忘れ、あまり思い出したくない昔の記憶を頭に浮かべた。

 

 もちろん孝治の過去など関係なし。それどころか男はその長剣に諭すような感じでもって、静かな口調でささやいた。

 

「千恵利、斬る必要はないんじゃけ♃ 少々足腰が立たんぐれーでええじゃろ☞」

 

「? なん言いよんやろっか?」

 

 孝治には男のセリフがなにを意味しているのか。さっぱり理解ができなかった。まるで剣を相手に語りかけているようで、いったいなんしよん――ってな気持ち。

 

「いよいよ始まるんやに……♋」

 

 孝治とは反対に、大介が固唾を飲んだような真剣な眼差し(孝治の本音では、無表情やけやっぱようわからん?)で、勝負の行方を見定めようとしていた。もはや自分がケンカの当事者ではなく、傍観者の位置に後退していることも、綺麗さっぱり忘れているかのように。またそのうしろでは、秀正と正男も同じ立場にいた。

 

「おい……この顛末、どげんなるっち思う?」

 

「おれに訊いたかて、わからんけね☁☹」

 

 無論孝治も、同様の思い。何事があっても驚かないよう、しっかりと瞳を開いていた。だが勝負は、一瞬にして終結した。

 

「ぐあああああああああっ!」

 

 最初のチンピラその一が雄叫びを上げ、マントの男に剣を大上段に振り上げて襲いかかった。しかし次の瞬間には、バキッの衝撃音とともに、チンピラその一は地面に倒れていた。

 

 男と接触したらしいまではわかっていた。だけど、なぜ倒れたかがわからないほどの短い間だった。

 

「この野郎ぉーーっ! げぼごぉっ!」

 

 続いて飛びかかったチンピラその二も、やはり同様。

 

「ぐあがっ!」

 

 ガツンッのにぶい――なにかが折れるような音と同時に、やはり地面で悶絶。最後のチンピラその三に至っては、剣を構える余裕もなし。ズボンの股間部分がみるみると、黄色い液体でにじんでいた。

 

 つまりが漏らしたわけ。逃げなかっただけでも立派と誉めるべきかも。

 

 とにかくこれにて、ケンカ――と言う軽い言葉では片付けられないような揉め事が終了。孝治たち傍観者の意識がふつうに戻ったときには、チンピラ三人が路上で痛みにうめいてのた打ち回り、あるいは地面にひざまずいて、ガタガタと全身を震わせていた。そんな彼らの中心で、マントの男が悠然と立ち尽くしているのみだった。

 

 孝治はつい、大声に出して叫んでしまった。

 

「い、いっちょも見えんかった! 剣の捌{さば}きも剣の技も!」


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