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『剣遊記Y』

第二章 伝説の剣豪。

     (1)

 ケンカの現場を見ていた誰かが、お節介にも通報をしてくれたらしい。今ごろになって、市の衛兵隊がドヤドヤと駆けつけてきた。

 

「どけどけどけぇーーっ! 事件現場はここかぁーーっ!」

 

 先頭で指揮を執る兜の男は騎士であり、衛兵隊長の大門信太郎{だいもん しんたろう}。伊達で鼻の下にカイゼル髭などを伸ばし、また剣の代わりに日本刀を腰にぶら提げている、少々風変りな紳士である。

 

 その大門が現場に到着してすぐ、孝治たちに目を向けた。

 

「おっ? 派手なケンカが起こっとると聞いたが……どうやら、もう終わったようだな……ん? おぬしらではないか☆」

 

「あっ、これはどうも、隊長さん☹」

 

(なんか、やな予感がするっちゃねぇ……☠)

 

 孝治は大門に、ペコリと頭を下げた。

 

本音は一応隠して。

 

また秀正と正男も、同じ態度を取った。

 

 彼らや彼女(孝治のこと)たちの姿勢を見てもわかるとおり、大門は顔見知りの男である。その理由は以前、両者が怪盗事件で共同作戦を張った出来事にある。その事件以来、いわば友好の間柄関係でいるのだが、大門は足元でうめき続ける三人のチンピラには目もくれず、まっすぐ孝治たちの元へと歩み寄ってきた。

 

「おう! これはこれは、こんな所でお会いするとは奇遇ですなぁ、お嬢さん♡」

 

(うわっち! やっぱこいつまだ、おれんこつ本モンの女性っち思いようばい!)

 

 金属兜の下から、自慢ったらしくカイゼル髭を伸ばした大門の美辞麗句が、孝治の背中に悪寒の大雪崩を引き起こす。

 

 そこへ、救いの神が現われた。

 

「隊長、どうやらこれは事件っちゅうほどのもんでもなく、単なる酒の席でのイザコザみたいですばい♐」

 

 騒ぎの概要を調べていた衛兵たちの報告は、衛兵隊長からの脅威に怯える孝治にとって、まさに天からの助けのように聞こえていた。

 

(やった♡ グッジョブっちゃね♡)

 

 それから今度は、配下である衛兵のひとりが、孝治に話しかけてきた。

 

「よっ! 孝治に秀正やない♠ なんねぇ、正男もおったっちゃねぇ✄」

 

「『なんねぇ』で悪かったっちゃねぇ☠」

 

 少々からかい気味の挨拶で、正男をむくれさせた衛兵の名は、井堀弘路{いぼり ひろみち}。彼も孝治たちとは同期生である。ちなみにこの男は、とんでもない衛兵でもあった。

 

「では、失礼してやね♡」

 

「うわっち!」

 

 このようにいつも隙を見つけては、孝治のお尻に手で接触を行なうのだ。つまりがセクハラ。

 

「おお、これまた恒例のメンバーっちゃねぇ☀」

 

 さらに井堀といっしょに現われた衛兵が、先輩である砂津岳純{すなつ たけずみ}。彼は以前、市の城門にて門番業という天下泰平職で、ぬくぬくと惰眠を貪{むさぼ}っていた。だがある日の突然な人事異動で多忙な衛兵職に回されたという、かなり悲惨な経歴の持ち主でもあった。

 

「まったくおまえらが思う存分酒ば飲んで暴れてくれるもんやけ、おれたちゃ年中無休ったい☠ 少しはそこんこつ、考えてほしかっちゃねぇ〜〜☁」

 

 これでけっこう年配のためなのだろう。砂津は出動するたびに、愚痴の連発が定番となっていた。つまり閑職からいきなり激務へと変わったので、慣れない職場でのストレスが溜まっている様子なのだ。

 

 おまけに上司が、あの大門ときては。

 

「わ、わかりましたよ☁ やけん感謝してますです☁ それよりやねぇ……☠」

 

 愚痴には付き合っていられない。そこで孝治のほうから先制して、砂津に質問してやった。

 

「隊長さんにおれが実は男やっちゅうこと、ちゃんと説明してくれたと? 見ればなんかまだまだ、おれんこつ勘違いしたまんまの所があるようなんやけどぉ……☠」

 

 前述のとおり、大門と未来亭面々とは怪盗事件以来、それなりの友好関係にあった。だけどそのとき、衛兵隊の新任隊長であった大門が、孝治の活躍ぶりに着目。それ以来孝治を彼女として、見事に惚れこんでしまったらしいのだ。

 

 勇猛果敢なる女戦士として。

 

「じょ、冗談やなかぁ!」

 

 一連の話を聞いた孝治は、当然ながら戦慄の極致となった。またこれこそ、大門を恐れる一番の理由にもなっていた。

 

 このような勘違いを放置していたら、それこそ将来に渡って重大な破局を迎えるは必定。孝治はすぐ、砂津と井堀に大門の誤解を解くように頼んでいた。もっとも孝治自体は現在女の子なのだから、誤解以前の問題でもあるのだが。

 

 しかし、砂津と井堀の返答は、ムチャクチャに歯切れの悪い内容だった。

 

「ああ、言ったっちゃよねぇ……なあ、井堀……☁」

 

「う、うん……言ったけどねぇ……☁」

 

「言ったけど……どげんなったと?」

 

 どうしても口ごもる感じのふたりに、孝治は身を乗り出して聞き耳を立てた。すると先輩衛兵である砂津が孝治から目を反らし、実に言いにくそうにして答えてくれた。

 

「隊長さん、おれたちがいくら『孝治は女やなかです☠⛔』言うたかて、『ウソ吐けぇ!』のひと言で却下たいね☠ しかも近ごろじゃあ、ちょっとでもそん話ばしたら……☃」

 

「そうそう、例の虎徹ばおれたちに振り回して、脅かしてくれるっちゃけ♐」

 

 要するに、砂津も井堀も、早々にサジを投げたと言いたいのだろう。

 

 なお、ここで井堀が口に出した『虎徹』なる物とは、大門隊長が腰のベルトに鞘に入れて提げている、日本刀の名称である。これは大門お気に入りの愛刀であり、また大門家に代々伝わる家宝でもある。

 

「なるほど、いわゆる聞く耳持たずってやつやね★ こりゃ今度こそ、女の操{みさお}に気ぃつけるっちゃね☻」

 

「うわっち!」

 

 口では心配そうにしている態度であるが、実は本心では他人事気分明白(目が笑っている)の秀正が、孝治の右肩をポンと、左手で軽く叩いてくれた。

 

 孝治は顔面に、何本もの縦線が走るような思いとなった。

 

(おれはシマウマけ!)


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