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『剣遊記Y』

第一章  黒崎店長、出張す。

     (7)

 言いだしっぺは、孝治たちの陣取るテーブルの隣りにいる三人組。鎧は着ていないが、腰のベルトに装着している錆びついた中型剣が、彼らのチンピラぶりを如実に表現していた。

 

 ついでに人相風体は――もはや定番すぎて説明の必要性もなし。そんな彼らの下品な笑いが、酒場の空気をあっと言う間にシラけさせてくれた。

 

「もうすぐ冬も近けえからなぁ☻ トカゲ野郎はさっさと土に潜って冬眠しな☻☻ そうすりゃ春までせいせいすらあなぁ☻☻☻」

 

「ぎゃははははははははっ★★」

 

 正男が言った。

 

「酒が不味うなったちゃね☠ 店ば変えよっか☛」

 

「待つっちゃよ✄ 店ば変えんといけんのは、あいつらやろ☞」

 

 孝治は立ち上がろうとした正男を、右手を出して引き止めた。それから三人を、威嚇の目線でにらんでやった。

 

 かって人間がリザードマンを始め、亜人間全般を蔑視していた過去は、もう百年以上も昔の話。その差別の根拠とやらが、人間が圧倒的多数派であるという、真に頼りない論法なのだが。

 

 しかしさすがに百年もの月日が経てば意識の改革も進み、差別は自然消滅したかに見えていた。

 

 ところがなんの、一部の親から一部の子へ。さらに孫の代にまで因習が引き継がれ、いまだにこのようなアホどもが現存しているのだ。

 

(しつこく残るっちゃねぇ……こげんこつ言うたかて、なんの得もなかっちゃのに☠)

 

 初めはきつい目線でにらんだものの、すぐに怒るよりは情けない気分に変換。孝治はもう一度、嘲笑を浴びせてくれる三人の顔を見つめ直した。

 

 なるほど、学校で習った学問は綺麗さっぱり消え失せているけれど、カビの生えた頭に因習だけは、しっかりとこびりついているといった顔付きをしていた。

 

「ほぉ、オレたちに店を変えろっていうつもりかぁ? このアマがぁ♨」

 

 男のひとり――チンピラその一が、孝治に喰ってかかった。初めっから挑発丸出しだったので、ケンカを売る気も満々のようだ。もちろん孝治も、買う気は充分以上である。

 

「もういっぺん言うちゃるけね! こっから出てけっち言いよんばい! こんゲス野郎どもがぁ!」

 

 情けない気分を、再び怒りへと転化(これって器用?)。孝治は三人に向かって怒鳴り散らした。それも真にもって、女性らしくない雄叫びで(自覚済み)。

 

「お、おい、孝治……☁」

 

 秀正が慌てて止めようとしてくれた。だけれど意外と血の気の多い自分を知っている孝治に、もはや引き下がるつもりは毛頭もなかった(性転換をしてから、なおさらだと言われている)。

 

 また大介も、孝治をなだめるつもりなのか。それとも三人を逆に挑発しているのか。

 

「おれはいっちょんも気にしとらんけ、別にいいとやけね☀ こげな『いかずとうきょうべん』みたいなしつくじい連中とは、もめるだけ損やに☠」(注 『いかず〜』とは、大分県で気取り屋の表現)

 

 とにかく表面上は冷静さを保っていた。ところが相手の内のひとり――チンピラその二が、仲間を止めるように見せかけて、あからさまな嘲笑を、孝治と大介に浴びせてくれた。

 

「まあまあ、トカゲに惚れてるような女だ☠ きっと将来、卵でも産みたいんだぜ☻☻」

 

「てめえっ!」

 

 これに大介がぶち切れた。

 

「おれんこつどげん言おうとてめえらの勝手やけど、おれの友人ば侮辱すんのはすかんたらしいけね! 絶対許さんっちゃ!」

 

「へへっ! このトカゲの御仁。どうやらやる気になったようだぜ☛ もっとも爬虫類の顔は、喜怒哀楽が全然わからんけどよぉ☻☻」

 

 チンピラその三が笑った。

 

「がははははっ! ったくそのとおりだな♪」

 

 他のふたりも同調。この期に及んでもなお、三人は挑発の逆挑発返しに、そのまた挑発的な集中攻撃を浴びせ続けた。しかし孝治もこれに負けじと、怒り心頭で三人を罵倒してやった。

 

「上等やっちゅうと! てめえらみてえな人間の恥っさらしは、すっげえ痛え目に遭わさんと、おのれの馬鹿がいっちょもわからんけねぇ!」

 

「あんだとぉ! 言わせておけば、この女ぁ!」

 

 この手の人種に、よくある例。人を侮辱するのが死ぬほど好きなくせして、逆にされるほうは大嫌いな手合いが。

 

「おれたちを舐めんじゃねえぞ!」

 

 チンピラその一が先陣を切り、ついに三人が錆びた剣を一斉に引き抜き、孝治・大介組と対峙した。

 

 もちろんこちらも負けずに、そろって剣で身構えた。


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