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『剣遊記Y』

第一章  黒崎店長、出張す。

     (6)

「おれなんか、まだまだ下っ端のぺーぺー戦士やけ、とても弟子なんか雇う器やなかばい♋ それに苗字に『さん』付けなんか恥ずかしいっちゃけ、これからは呼び捨てでよかっちゃけね☻ 孝治ってね☺」

 

「しかしやねぇ……女性ば呼び捨てにするなんち、なんか野蛮な気がするっちゃよ♠」

 

「ぶぅーーっ!」

 

 締めくくりである大介の気配り的ひと言で、秀正と正男がビールを噴いて笑いだした。さらにズッデーンと、孝治も丸椅子から引っくりこけた。

 

「ひ、秀正ぁ〜〜っ!」

 

 床から立ち上がりつつ、孝治は秀正に怒鳴り散らした。

 

「おれが男やっちゅうこつ、まだ言うとらんやったとねぇ!」

 

「いやあ、悪りい悪りい♐☻」

 

 一応口では平謝り。けれども秀正の顔に反省の色は、まったくなし。むしろこれからが、開き直りの態度丸出しでいた。

 

「やけどねぇ、別に会う前から教えとくもんでもなかっちゃろ☆ 説明の機会ば逃したんは認めるっちゃけど☛」

 

「すると、おれがワーウルフ{狼人間}🐺ってのも、まだ言ってなかっちゃね♥ まあ、別にええんやけど♦」

 

 ここで正男も、苦笑気味につぶやいた。誰も指摘などしていないのだが。しかしこれを耳(リザードマンの耳は鼓膜がむき出しの形)に入れた大介が、いかにも意外だった風のセリフをささやいた。

 

「へぇ、そこのふたりも亜人間{デミ・ヒューマン}やったんやなぁ♪」

 

 だけど、やはりその無表情からは、『意外』の色は見えてこなかった。

 

「い、いや……おれん場合は……もうよか☁」

 

 おれは一応ふつうの人間ばい――と言いかけて、孝治は口をつぐんだ。魔術の事故でこのような有様になったとはいえ、男性から女性に性転換した人間など、過去の記録にも自分自身の記憶にも、たったひとり――自分しか存在していないものだから。

 

 もういい加減、事実を正直に話しても、誰からも驚かれないようになりたいものだが。

 

 でもやっぱり、大介はそれなりに驚いていた。

 

「これはビックリっちゃ! 人間もけっこう摩訶不思議な種族やねぇ☞☞」

 

「いや……おれが人間の代表っち思われても困るっちゃけどぉ……☠」

 

 孝治はもう、顔面真っ赤兼超苦虫百二十人前の気分。ここで正男が有り難い話。話題を元へと戻してくれた。

 

「それはそうとしてやねぇ、誰か戦士ば紹介してやったらええっちゃよ☀ 孝治やったらなんぼでも先輩がおろうも☆」

 

「あっと、そうやった✈」

 

 正男から改めて催促をされ、孝治も話の本題を思い出した。

 

「師匠にふさわしい先輩ねぇ……✍✎」

 

 孝治は右手を下アゴに当てて考えた。その頭の中では、未来亭専属の何人もの戦士たちの顔が、ズラリと並んでいた。

 

「……あいにくみんな、仕事で遠征中なんやけどぉ……清美は徳さんばいじめてばっかやし……魚町先輩は今も静香に追い駆けられて、自分のことで手がいっぱいやろうしぃ……あろ……これは問題外!」

 

 こうなると、心当たりはただひとり。

 

「やっぱ帆柱先輩しかおらんっちゃね☆ 今はキャラバン隊の護衛で鹿児島市まで遠征しちょるんやけど、あの人以外にしっかりしちょう先輩はおらんけね✌」

 

 孝治の思いついた『しっかりしちょう先輩』とは、未来亭の一同が最も優秀と太鼓判を捺しているケンタウロス{半馬人}の戦士――帆柱正晃{ほばしら まさあき}である。実際に帆柱は戦闘の腕がとても優れているため、あちこちのキャラバン隊からのご指名が、未来亭の中では断トツ。最近ではなかなか北九州市に戻れないことが、もっかの悩みのタネとなっているほどなのだ。

 

「未来亭に帰れるんが来週の予定なんやけど、帆柱先輩やったら頼めば引き受けてくれるけん✌ 今度おれから言うてみるっちゃね☎」

 

「すまんねぇ☺ いろいろお世話ばかけさせて♠♣」

 

「よかよか、そげんことぐらい☀」

 

 深々と頭を下げる大介に笑みを向け、孝治は我ながら最高な考えっちゃねぇ――などと、自己満足にちゃっかり浸っていた。

 

 また孝治自身も、帆柱から何度も剣技や槍術などの指南を受けていた。その修行を瞳の前にいる大介が、これから精進することになるっちゃねぇ〜〜と、いつしか夢想したときだった。

 

「トカゲ野郎がいるから、店ん中が臭くてたまんねえぜ☠☻」

 

 いきなりの罵詈雑言。孝治たちのテーブルはおろか、店全体に響き渡った。


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